「どんな人か」より「どんなときに、どうなる人か」——個人的共感が覚えておくべきこと
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Naoki Nishio - 05 Nov, 2026
はじめに
このシリーズでは、身体を持たないAIがどうすれば人に寄り添えるのかを考えてきました。
「個人的共感とは何か」では、一般論では届かないその人固有の反応(個人接地層)に、相手の記憶を手がかりに届こうとする試みとして、個人的共感を定義しました。前回の「AIは温かみをどう伝えるか」では、記憶は温かみの源であり、何を言い、何を言わないかを選ぶ配慮が温かみの表現である、と述べました。
4本目となる今回は、その記憶として何を覚えておけばよいのかを考えます。「あの人は心配性だ」のような人物像でしょうか。それとも、一つひとつの出来事でしょうか。
この記事で学べること
- 相手についての記憶は、「人物像」と「個別の文脈」の2種類に分けられること
- 人物像は役に立つものの、一般論の延長にとどまる理由
- 個人的共感に要るのは、「どんなときに、どうなる人か」という状況と反応の組であること
- AIは、一般論の予測が外れたところを中心に記憶を整理すればよいこと
相手についての記憶は2種類ある
私たちが誰かについて覚えていることは、大きく2種類に分けられます。
- 人物像:どんな人か。「心配性」「真面目」のような、特性の要約です。
- 個別の文脈:その人に何があり、そのときどう反応したか、という具体的な記憶です。
この2つは、知り合ってからの時間とともに入れ替わっていきます。Sherman と Klein(1994)は、架空の人物の行動を少しずつ読ませる実験で、人が相手の印象をどう持っているかを調べました。知り合ったばかりの段階では、人は「親切な人か」と聞かれると、その人の具体的な行動を思い出して判断していました。ところが行動を知るほど、「親切な人だ」という要約ができあがり、判断のときにもとの出来事を思い出さずに、要約だけが使われるようになりました。
つまり人は、放っておけば、相手についての記憶を人物像へと圧縮していくのです。
前回の締め切りの場面を例に、何を覚えると何が残るかを並べてみます。
| 何を覚えるか | 例 | 残るもの |
|---|---|---|
| 出来事だけ | 「先月、締め切りの近い企画書があった」 | 状況(人は見えない) |
| 人物像だけ | 「心配性だ」 | 一般的な性質(いつ表れるかが見えない) |
| 状況と反応の組 | 「追い詰められると手が止まる。早めに相談すると立ち直れる」 | どんなときに、どう反応する人か |

人物像は役に立つ——ただし一般論の延長として
人物像が役に立たない、と言いたいわけではありません。
Lewis ら(2012)は、初めて出産した母親が出産の経験を語る映像を見せ、母親がその時々に何を考えていたかを推し量ってもらう実験を行いました。すると、「新米の母親なら、こう思うだろう」という一般的なイメージに沿った推測ほど、よく当たっていました。相手をよく知らないとき、「こういう立場の人なら」という知識は、推測の大きな支えになります。
ただし、当たったのは、母親の思いがイメージどおりだったときです。
「新生児がいると本当に疲れるし、自分の時間が取れない」 「悲しい。出産前の私がどこかへ行ってしまったようで、どこへ行ったのか分からない」
前者は「いかにも新米の母親らしい」思いで、一般的なイメージから推し量れます。後者のような、その人に固有の思いは、イメージからは読めません。さらにこの実験では、推測の当たり外れのばらつきは、推し量る人どうしや母親どうしの違いよりも、同じ母親の中の、思いごとの違いの方が大きかったのです。
ここから、人物像の位置づけが見えてきます。人物像は、「人間とはこういうもの」という一般論を、「こういう人とはこういうもの」に一段細かくしたものです。人物像は、一段細かい一般論なのです。「個人的共感とは何か」の言葉で言えば、身体接地層を少し個人の側に寄せたにすぎず、一般論の届かない個人接地層には、まだ届いていません。
その人らしさは、平均や圧縮で抜け落ちる
では、人物像にしたときに何が抜け落ちるのでしょうか。ここでは、平均を取ったり要約したりすると、どんなときにどうなるかという個別の文脈が抜け落ちることを、2つの面から見ていきます。
平均すると消えるもの
Mischel と Shoda(1995)は、サマーキャンプで子どもたちを6週間にわたって観察した研究を紹介しています。
ある子は、大人に注意されると、ほかの子より攻撃的になりました。ところが、仲間が好意的に近づいてきたときには、むしろ穏やかでした。別の子は、その逆でした。仲間に好意的に近づかれると最も攻撃的になり、大人に注意されても、とくに攻撃的ではなかったのです。
こうした「もしAなら、こうなる」という型は、観察の時期を変えても安定していました。気まぐれな誤差ではなく、その子らしさだったのです。
ところが、いろいろな状況での行動をならして平均すると、2人はどちらも「ほどほどに攻撃的な子」になってしまいます。Mischel と Shoda は、平均することで、その人の最も特徴的な性質がかえって取り除かれてしまう、と指摘しています。
同じ論文では、拒絶に敏感な人の例も挙げられています。同じ人が、恋人の関心が他に向いたと感じた場面では支配的になり、相手を失いそうな場面では誰よりも優しくなる。平均すれば「普通の人」に見えますが、どちらの姿もその人なのです。
要約すると消えるもの
人物像へ要約するときにも、個別の文脈は抜け落ちます。
前回の例で、「追い詰められると手が止まるが、早めに相談すると立ち直れる」人を思い出してください。この人を「心配性」と要約すると、いつ手が止まり、何をすれば立ち直れるのかという条件が消えてしまいます。「心配性だから、そっとしておこう」という判断は、締め切り当日の朝には外れます。
先ほどの Sherman と Klein の実験が示したのは、要約が出来事から切り離されて使われるようになる、というところまでです。そこから先は筆者の解釈になりますが、出来事から切り離された要約には、「どんなときに」という条件はもう残っていないはずです。
その人らしさは、「どんな人か」ではなく、「どんなときに、どうなる人か」に宿ります。そしてそれは、平均を取ったり要約したりしたときに、真っ先に抜け落ちてしまいます。

だから、AIは「一般論から外れたところ」を覚える
では、個人的共感を目指すAIは、何を覚えればよいのでしょうか。
記憶は、関わり方を選ぶためにある
前回、温かみは、何を言い、何を言わないかの選択(配慮)として表れる、と述べました。そうであれば、AIの記憶の役目は、相手を言い当てることよりも、今日どう関わるかを選ぶことにあります。
そのために覚えるべきなのは、「何があったか」だけではありません。「何があって、どう関わり、相手がどう応じたか」を、ひと組で覚えておく必要があります。
一般論でわかることは、覚えなくてよい
もう一つ大事なのは、すべてを同じように覚える必要はない、ということです。AIは、「振られて落ち込んでいる人を励ませば、たいてい少し落ち着く」といった一般論を、すでに知っています。その人について覚えておく価値があるのは、一般論の予測が外れたところです。
たとえば、Bさんという人がいたとします。
- 付き合って間もない相手に、何となく合わずに振られた。AIが励ますと、落ち着いた。予想どおりです。
- 長く付き合った相手に「重い」と、性格を理由に振られた。AIが励ますと、怒りだしてしまった。予想外です。
この外れを、「性格を否定されたときは、励ましがかえって逆効果になる」という条件つきで覚えておきます。もし「Bさんは励ましが苦手な人」という人物像として覚えてしまうと、予想どおり励ましが効いた1件目と矛盾します。外れを生んだのは、Bさんの性格ではなく、振られた理由という個別の文脈だったからです。
事例から学ぶ考え方に、LLMの一般論が加わる
過去の事例を覚えておき、それをもとに今日の判断を決めるやり方は、AIの分野では「事例ベース推論」として古くから研究されてきました。ただし、うまく働かせるには、多くの事例を集める必要がありました。一人の人について、配慮の事例はなかなか多くは集まりません。
今は事情が違います。LLMという形で、一般論を使えるようになりました。一般論でわかる部分はLLMに任せられるので、その人の事例は、一般論から外れた部分だけを担えばよくなります。そう考えると、一人あたり数件の記憶でも、その人への関わり方を選ぶ手がかりになりうるはずです。私たちは今、このことを確かめているところです。
人物像は、一般論の側に置く
最後に、人物像の居場所です。人物像は捨てる必要はありません。置き場所は、予想を立てる一般論の側です。「こういう人なら、普通はこう反応するだろう」という予想を細かくするのに使えます。AIが個人的に覚えておくのは、その予想から外れた部分と、外れたときの条件です。
これは、「個人的共感とは何か」で述べた3つの段階とそのまま重なります。
- 一般論で仮説を立てる(人物像は、ここを細かくする)
- その仮説がこの人に当てはまるとは限らないと疑う
- 個人の記憶で確かめる(個別の文脈は、ここを担う)
個人的共感の記憶は、その人の全体像を覚えるものではありません。一般論が外れたところを、どんなときに外れたかとともに覚えるものなのです。
まとめ
- 相手についての記憶は、「どんな人か」という人物像と、「何があり、どう反応したか」という個別の文脈に分けられる。人は知り合うほど、記憶を人物像へ圧縮していく。
- 人物像は役に立つが、一段細かい一般論にとどまる。その人に固有の思いは、一般論では読めない。
- その人らしさは、「もし〜なら、こうなる」という状況と反応の組に宿る。それは、平均を取ったり人物像に要約したりすると抜け落ちる。
- 一般論でわかることは、AIはすでに知っている。個人的共感の記憶は、一般論の予測が外れたところを、どんなときに外れたかとともに覚える。人物像は、予想を立てる一般論の側に置く。
- 事例から学ぶ従来の考え方にLLMの一般論が加わることで、一人あたり数件の記憶でも、その人への関わり方を選べる見込みがある。
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参考文献・出典
- Lewis, K. L., Hodges, S. D., Laurent, S. M., Srivastava, S., & Biancarosa, G., “Reading between the minds: The use of stereotypes in empathic accuracy,” Psychological Science, 2012, 23(9): 1040-1046
- Sherman, J. W., & Klein, S. B., “Development and representation of personality impressions,” Journal of Personality and Social Psychology, 1994, 67(6): 972-983
- Mischel, W., & Shoda, Y., “A cognitive-affective system theory of personality: Reconceptualizing situations, dispositions, dynamics, and invariance in personality structure,” Psychological Review, 1995, 102(2): 246-268
- Kolodner, J. L., Case-Based Reasoning, Morgan Kaufmann, 1993
アイキャッチ・図版は、特記のない限りAIで生成した画像を画像編集ソフトで加工して制作しています。人物・イベントの写真は実際に撮影したものです。