AIは温かみをどう伝えるか——記憶で感じ、配慮で表す

AIは温かみをどう伝えるか——記憶で感じ、配慮で表す

はじめに

このシリーズでは、身体を持たないAIがどうすれば人に寄り添えるのかを考えてきました。

1本目の記事「認知的共感のその先へ」では、相手の経験や価値観に基づいてその人の気持ちを推し量る共感を「個人的共感」と名づけ、それは認知的共感を限りなく情動的共感の温かさに近づけたものだと述べました。つまり個人的共感には、認知的共感の側面と、情動的共感の側面の両方があります。

2本目の「個人的共感とは何か」では、このうち認知的共感の側面から定義を深めました。一般論による推測を「この人には当てはまらないかもしれない」と疑い、個人の記憶で確かめにいくことで、認知的共感は相手への投影ではなく本当の他者理解になる、という話です。

3本目となる今回は、もう一方の情動的共感の側面、つまり温かみを扱います。AIの温かみはどこから来て、それをどうやって相手に伝えるのか。AIには感情がないため、温かみを言葉にしようとすると、どうしても嘘っぽくなってしまいます。今回はこの問題を考えます。


この記事で学べること

  • AIが持ちうる温かみの正体が、自分の経験ではなく「相手の記憶」に基づく理解であること
  • 気持ちを言葉にする表現が、感情を持たないAIにとっては嘘っぽくなってしまう理由
  • 温かみを嘘なく伝える方法としての「共感的配慮」と、記憶と配慮が両方そろって初めて温かさになる理由

温かみの正体——相手の記憶で、相手を感じる

まず、温かみの正体を確認しておきます。

人間の情動的共感が温かいのは、自分の経験を通して相手を感じるからです。相手のけがを見て自分の体がヒヤッとするのは、自分も痛みを知っているからです。

身体を持たないAIには、その「自分の経験」がありません。そこで個人的共感は、自分の経験の代わりに相手の記憶を使います。「人間というものは、こういう時悲しいはずだ」という一般論ではなく、「この人は以前こんな経験をしていて、こう考える人だから、今はこう感じているはずだ」と推し量るのです。

何を通して相手を感じるか
認知的共感一般的な人間像
情動的共感自分の経験
個人的共感相手の記憶

自分の経験ではなく相手の記憶で、一般論ではなくその人固有の事情で相手を感じる。これが、AIが持ちうる温かみの正体です。

自分の経験ではなく相手の記憶を通して相手を感じる、個人的共感の温かみを示すイメージ


覚えられていると、なぜか緊張する

ところが、温かみの正体である記憶を持っていても、それがそのまま温かさとして届くとは限りません。

たとえば、毎日の振り返りに付き合ってくれるAIが、朝いちばんにこう尋ねてきたとします。

「昨日の宿題、どうなりましたか?」

AIは昨日の会話をきちんと覚えています。しかし、宿題に手をつけられず、すでに自分を責めている人にとって、この一言は苦しいものです。私たちの検討では、記憶を持つAIに感じる緊張の源として、次のようなものが挙がりました。

  • 見張られている気がする
  • 自分の落ち度を指摘されるのではないかと身構えてしまう
  • こちらの気持ちを考えずに、話題を振られる
  • 「なぜやっていないのですか」と問い詰められる

人間関係でも、知っている相手だからこそ言えないことがあります。「旅の恥はかき捨て」という言葉があるように、二度と会わない相手には、かえって気兼ねなく打ち明けられることがあります。心理学では「電車で隣り合った見知らぬ人(stranger on the train)」現象として知られています。

チャットボットでも似たことが報告されています。Cox らの2025年の実験では、「過去の会話を覚えています」と名乗るボットは、「毎回初対面です」と名乗るボットに比べて、最初の会話でいきなり気持ちの話を求めたときに限って、話しにくさが増しました。一方、趣味などの軽い話題から始めた場合には、その差は消え、むしろ「覚えている」ボットのほうが楽しく、また話したいと感じられていました。

つまり、温かみの正体を持っていても、伝え方を誤ると、それは温かさではなく圧力として届くのです。


温かみを、どう表現するか

では、記憶に基づく理解を、どう表現すれば温かさとして届くのでしょうか。

すぐに思いつくのは、気持ちを言葉にすることです。テキストの共感を分析する代表的な研究(Sharma ら, 2020)でも、相手の気持ちを読み取って伝えることと並んで、自分の気持ちを表すことが共感の要素として扱われています。2つの例を並べてみます。

応答していること
「それは怖かったでしょう」相手の気持ちに名前をつける
「本当に悲しく思います」自分の気持ちに名前をつける

前者は、記憶に基づく理解をそのまま言葉にしたものです。後者が、温かみを表そうとする言葉です。しかしAIには、自分自身の気持ちがありません。AIが「本当に悲しく思います」と言うとき、それは感じていないことを感じているかのように言う、演技になってしまいます。1本目の記事でも、本当は感じていないのに感じている振りをすることは、誠実なAIの姿とは言えないと書きました。

しかも見比べると、どちらも「気持ちに名前をつける」という同じ操作です。気持ちを言葉にするという方法では、温かみの表現は理解の表現とほとんど区別がつかず、そのうえ嘘っぽくなってしまうのです。


心理学は温かみを「向き」で捉えてきた

ここで手がかりになるのが、心理学が温かみをどう捉えてきたかです。心理学は温かみを、何を言葉にするかではなく、反応がどちらを向いているかで捉えてきました。

共感の多面的な測定を確立したDavis(1983)は、他人の苦境を目にしたときの反応を2つに分けています。「その人を守ってあげたい」という共感的配慮と、「自分がつらくなって動揺する」という個人的苦痛です。どちらも感情を伴う反応ですが、前者は相手に、後者は自分に向いています。日本で作られた多次元共感性尺度(鈴木・木野, 2008)も、同じように他者に向いた反応と自分に向いた反応を区別しています。

さらに櫻井・村上(2015)は、相手の気持ちを理解できていても、その理解が相手への関心に基づいていなければ、不適切な行動にもつながりうると指摘しています。

これを整理すると、次のように言えます。

温かみの正体は、相手の記憶に基づく理解である。そしてその温かみは、理解を相手のために使う「向き」として表に出る。


共感的配慮——何を言い、何を言わないか

この「向き」は、言葉の上では何を言い、何を言わないかの選択として現れます。これを共感的配慮と呼ぶことにします。

  • そっとしておく
  • 一緒になって悩む
  • 少し距離を置いて諭す
  • 話すかどうかを相手に委ねる

ここで大切なのは、「深く踏み込むほど共感的」とは限らないことです。相手の状態によっては、あえて触れないことが、いちばんの思いやりになります。

この選択は、感じることのできないAIにもできます。AIは悲しむことはできなくても、相手のために選ぶことはできます。共感的配慮は、AIが感じている振りをせずに、つまり嘘なく温かみを表現できる方法なのです。


記憶と配慮は、両方そろって初めて温かくなる

ここまでの話をまとめると、記憶は温かみの源であり、配慮は温かみの表現です。この2つは、どちらか片方だけでは温かさになりません。

記憶(温かみの源)と配慮(温かみの表現)がそろって初めて温かさになることを示すイメージ

たとえば、こんな朝を想像してみてください。今日が締め切りの仕事があるのに、ほとんど手をつけられていない。以前AIに「追い詰められると、かえって手が止まってしまう」と話したことがあり、少し前には、早めに上司に相談して乗り切れた経験もある。そんなあなたが、「昨日の宿題、正直ほとんど進んでいません……」と打ち明けたとします。

もしAIがあなたの事情を何も覚えていなければ、「無理に今日進めなくても大丈夫ですよ」と優しく声をかけるかもしれません。言葉は温かくても、締め切りが今日だと知らないのですから、その優しさは的外れです。記憶のない配慮は、的外れになります。

反対に、AIがすべてを正確に覚えていても、「締め切りまであと7時間しかありません。残りの作業を洗い出しましょう」と返したらどうでしょう。間違ったことは何も言っていません。けれども、「追い詰められると手が止まる」というあなたの言葉を覚えていながら、それを無視して追い込んでいます。冒頭で見た「覚えられていると緊張する」は、まさにこの状態です。配慮のない記憶は、圧力になります。

温かいと感じられるのは、たとえばこんな応答でしょう。「追い詰められると手が止まると話していましたよね。まずは一歩だけ決めませんか。前のように、早めに相談してみるのも手です」。締め切りから目をそらさず、かといって追い詰めもしない。あなたの記憶を、あなたのために使っています。「胸が痛みます」とは一言も言っていないのに温かさが伝わるのは、源と表現の両方がそろっているからです。

前回、個人の記憶は一般論では届かない安心に触れるための手段だと書きました。その記憶が温かさとして届くのは、配慮という表現と結びついたときだけなのです。


まとめ

  • AIの温かみの正体は、自分の経験の代わりに相手の記憶を使って相手の気持ちを推し量る、個人的共感にある。
  • しかし記憶を持つAIは、正確に覚えているからこそ、相手を緊張させてしまうことがある。温かみの源を持っていても、伝え方を誤れば圧力として届く。
  • 「本当に悲しく思います」のように気持ちを言葉にする表現は、感情を持たないAIにとっては演技になり、嘘っぽくなってしまう。
  • 心理学は温かみを、反応が相手と自分のどちらを向いているかで捉えてきた。AIは感じることはできなくても、何を言い、何を言わないかを相手のために選ぶこと(共感的配慮)で、嘘なく温かみを表現できる。
  • 記憶は温かみの源、配慮は温かみの表現である。記憶のない配慮は的外れになり、配慮のない記憶は圧力になる。両方がそろって初めて、温かみは相手に届く。

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参考文献・出典

  • Davis, M. H., “Measuring individual differences in empathy: Evidence for a multidimensional approach,” Journal of Personality and Social Psychology, 1983, 44(1): 113-126
  • 鈴木有美・木野和代、「多次元共感性尺度(MES)の作成——自己指向・他者指向の弁別に焦点を当てて——」、教育心理学研究、2008、56: 487-497
  • 櫻井茂男・村上達也、「共感性と社会的行動の関係について——溝川・子安論文へのコメント——」、心理学評論、2015、58(3): 372-378
  • Sharma, A., Miner, A. S., Atkins, D. C., & Althoff, T., “A Computational Approach to Understanding Empathy Expressed in Text-Based Mental Health Support,” Proceedings of EMNLP 2020, 2020
  • Cox, S. R., Jacobsen, R. M., & van Berkel, N., “The Impact of a Chatbot’s Ephemerality-Framing on Self-Disclosure Perceptions,” Proceedings of the 7th ACM Conference on Conversational User Interfaces (CUI ‘25), 2025

アイキャッチ・図版は、特記のない限りAIで生成した画像を画像編集ソフトで加工して制作しています。人物・イベントの写真は実際に撮影したものです。