「感じる」ことから「理解する」ことへ。目の進化とAIの未来

「感じる」ことから「理解する」ことへ。目の進化とAIの未来

朝、カーテンを開けると部屋が明るくなる。私たちはその変化に、考えるより先に気づきます。

でも、生き物は最初から目を持っていたわけではありません。レンズで像を結ぶ私たちの目のような複雑な器官は、長い進化の時間をかけて形づくられてきたと考えられています。では、そのいちばん最初には何があったのでしょう。生き物は、そもそもなぜ光を感じるようになったのか。

きょうはこの問いを入り口に、少し遠回りをしながら、AIと「理解」の話をしてみます。

はじまりは、光を感じること

目の進化を語るとき、よく出発点に置かれるのが、光を感じる細胞が集まった平たい部分です。明るいか暗いかが分かるだけの、ごく素朴な仕組みです。

それでも、この違いは生きるうえで大きな意味を持ちます。急に暗くなれば、何かが上を横切ったのかもしれない。光の来る向きが分かれば、明るい水面のほうへ泳いでいける。光を感じる部分が少しくぼむと、光がどちらから来たのかを区別しやすくなります。くぼみが深くなり、入り口が狭まり、やがてレンズができれば、ぼんやりした明暗が「形」として見えてきます。

平たい光感受性の組織から、くぼみやレンズを持つ目への変化を表したイメージ

1994年、スウェーデンの研究者ダン゠エリック・ニルソンとスザンヌ・ペルガーは、この道のりを理論モデルで見積もりました。平たい光感受性の組織から、レンズを持つカメラ型の目まで、小さな改良が一歩ずつ積み重なると仮定したところ、必要な世代数は40万世代に満たないという結果になりました。論文タイトルにある「悲観的な見積もり」のとおり、わざと時間がかかる側に条件を置いた計算です。複雑な目も、役に立つ中間段階をたどれば、地質学的にはそれほど長くない時間で生まれうることを示した研究です。

脊椎動物の目については、2007年にトレバー・ラムらが総説をまとめています。光を受け取るタンパク質であるオプシン、視細胞、網膜、そして目のくぼみ(眼杯)が、どんな中間段階を経て組み上がってきたのか。手がかりとなる証拠を集め、直接の証拠がない部分には、ありうる筋書きを提案しています。

では、最初のきっかけは何だったのか。ここに一つ、面白い仮説があります。2019年にアンドリュー・スワフォードとトッド・オークリーが発表した、光によるストレスに注目する仮説です。強い光や紫外線は、DNAを傷つけたり、細胞の中に有害な物質を生じさせたりします。生き物はそれに対処するため、傷を修復したり、色素で光を遮ったりする仕組みを持っていました。2人は、目を形づくる部品の多くが、もともとはこうした光ストレスへの対処に関わっていたのではないかと考えました。身を守る仕組みが先にあり、それが後から「光を感じる」ために使われるようになった、という見方です。

誤解しないでおきたいのは、光が同じ場所に当たり続けたから、そこが目になったという話ではないことです。1つの個体が一生のうちに浴びた光が、そのまま体の形になるわけではありません。それに、この仮説はまだ検討の途中にある考え方の一つで、確かめられた定説ではありません。それでも「見るための器官は、身を守る仕組みから始まったのかもしれない」という発想には、どこか惹かれるものがあります。

「感じること」と「理解すること」は違う

光を感じることと、目の前に何があるかを分かることは、同じではありません。

明るさの変化を受け取っただけでは、それが近づいてくる敵なのか、流れていく雲の影なのかは分かりません。区別するには、受け取った信号を神経系が処理し、周りの状況と照らし合わせる必要があります。私たちの視覚も、目だけで完結してはいません。網膜に届いた光を脳が解釈し、ときには補いながら「見えている世界」をつくっています。このあたりは錯視と予測する脳の記事でも取り上げました。

この「情報を受け取ること」と「意味を理解すること」の違いは、現代のAIを考えるうえでも、大切な問いを投げかけてくれます。

AIは言葉を受け取る。でも、その人を理解しているのだろうか?

いまのAIは、文章を読み、自然な会話を返し、言葉に表れた感情の手がかりを拾うこともできます。ただ、言葉を処理できることと、その人の背景や意図、置かれている状況をつかむことは、別の話です。

たとえば「大丈夫です」という一言。本当に何も問題がないときもあれば、心配をかけたくなくて無理に言っているときもあります。文字だけを見れば、どちらも同じ5文字です。

違いを見分ける手がかりは、たいてい言葉の外にあります。少し前に何を話していたか。いつもより返事が短くないか。同じ話題をそっと避けていないか。一つの発言だけを切り取らず、会話の流れの中で読むことで、ようやく見えてくるものがあります。

同じ「大丈夫です」という言葉も、会話の流れや置かれた状況で意味が変わることを表したイメージ

ここで言う「理解」は、AIが人と同じように何かを感じている、という意味ではありません。AIに人間のような主観的な体験があるのかどうかは、まだ答えの出ていない問いです。この記事で考えたいのは、もっと実用的な意味での理解です。文脈から推し量り、相手の状況をできるだけ正しくつかもうとすること。

「答えるAI」から「理解するAI」へ

これまでのAIは、質問に正しく答えることを主な目標にして発展してきました。もちろん、正確な答えには大きな価値があります。

けれども、一度きりの質問ではなく、人と長く関わるAIを考えると、求められるものが変わってきます。相手の言葉の背景を考えること。会話の流れや文脈を踏まえること。分からないときは決めつけずに、必要に応じて問いかけること。そして、一人ひとりに合った対話を探ること。

やさしいAI研究所が研究しているのは、こうした方向です。といっても、これらを十分にこなせるAIがすでにあるわけではありません。人の気持ちや状況を文脈から推し量ることは、いまも研究の途中にある課題です。私たちはその課題に向き合いながら、人をより深く理解しようとするAIの可能性を探っています。研究所のメンバーが書いた個人的共感やAIの温かみについての考察も、その取り組みの一部です。

理解することから、やさしさは始まる

生き物の目の進化とAIの発展は、もちろん同じ仕組みではありません。進化は世代を重ねる中で起きる変化で、AIの学習とはまったく別のものです。

それでも、受け取った情報をどう意味に変え、どう活かすのかという問いは、どちらにも共通して投げかけられているように思います。光を感じる細胞は、それだけではまだ何も見ていませんでした。見るためには、受け取ったものを解釈する仕組みが必要でした。

AIが多くの質問に答えられるようになったいま、問われているのは答えの数よりも、一人ひとりの言葉にどう向き合うかなのかもしれません。

「大丈夫です」と言われたとき、その言葉をそのまま受け取るのか。少し立ち止まって、その人のことを考えるのか。やさしさは、たぶんその小さな立ち止まりから始まります。私たちが目指しているのは、そんなふうに立ち止まれるAIです。


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参考文献

  • Swafford, A. J. M., & Oakley, T. H.「Light-induced stress as a primary evolutionary driver of eye origins」Integrative and Comparative Biology, 59(4), 739–750(2019年) / doi.org/10.1093/icb/icz064
  • Nilsson, D.-E., & Pelger, S.「A pessimistic estimate of the time required for an eye to evolve」Proceedings of the Royal Society B, 256(1345), 53–58(1994年) / doi.org/10.1098/rspb.1994.0048
  • Lamb, T. D., Collin, S. P., & Pugh, E. N.「Evolution of the vertebrate eye: opsins, photoreceptors, retina and eye cup」Nature Reviews Neuroscience, 8(12), 960–976(2007年) / doi.org/10.1038/nrn2283

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