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「わかってもらえた」が組織を強くする|心理的安全性と共感の伝え方
会議で、言いかけてやめたことはありませんか。的外れかもしれない、いま言うと話が長くなる、たぶん自分が分かっていないだけだ。そう考えているうちに議題が進み、結局その疑問は口から出ないままになる。 あとから振り返ると、あれは案外まっとうな疑問だった。そういう場面が積み重なるチームと、そうでないチームがあります。やさしいAI研究所の顧問である京都大学名誉教授・乾敏郎先生の講演資料をもとに、脳科学から見たウェルビーイングを3回に分けてお届けしています。最終回は、この話を職場に持ち込みます。プロフィール乾 敏郎さん京都大学 名誉教授専門分野は認知神経科学、認知科学、計算論的神経科学。京都大学大学院文学研究科教授、京都大学大学院情報学研究科教授を歴任。現在は京都大学名誉教授、金沢工業大学客員教授、児童発達支援・放課後等デイサービスUNICO学術顧問、やさしいAI研究所顧問を務める。20の学会賞を受賞。論文数446編(うち英語論文115編)のほか、著書・訳書など75冊を出版している。第1回ではウェルビーイングを予測誤差の小ささとして捉え、第2回では非ゼロ和の関係が脳の脅威予測を下げることを見ました。 優秀な人を集めれば強いチームになる、は外れた Googleが2012年に始めた「プロジェクト・アリストテレス」という社内研究があります。エンジニアリング115、営業65の約180チームを数年かけて調べ、何が高い成果を生むのかを探ったものです。 当初の仮説は素朴でした。優秀な人材を集めれば最強のチームになるはずだ、というものです。ところがデータはそれを支持しませんでした。個々のメンバーの能力や経歴の組み合わせからは、成果の差がうまく説明できなかった。 結論は、チームの成功は誰がいるかではなく、どう機能するかで決まる、というものでした。そして機能を左右する最大の要因として浮かび上がったのが、心理的安全性です。 心理的安全性は、気分ではなく共有された信念 この言葉を定義したのは、組織行動学者のエイミー・エドモンドソンです。1999年の論文で「対人的なリスクを取っても安全だと、チームのメンバーが共有している信念」と定めました。実務では、罰される不安なしに異論も未完成のアイデアも素朴な質問も口に出せる状態、という言い方で使われます。 3つの要素に分けると輪郭がはっきりします。失敗やミスや反論をしても責められる恐れがないこと。未完成のアイデアや素朴な疑問を歓迎する空気があること。そしてそれが個人の感覚ではなく、チーム全体の認識として定着していること。最後の点が肝心で、自分ひとりが安心しているだけでは心理的安全性とは呼びません。 乾先生の講演資料より前2回の言葉に置き換えると、これは**「ここでは何を言っても大丈夫」という予測が、全員のあいだで立っている状態**です。予測が立たない職場では、発言のたびに脳が反応を先読みしてコストを払うことになります。会議で言いかけてやめるのは、慎重さというより、予測誤差の大きさに対する当然の反応です。共感は、感じるだけでは機能しない では、その予測はどうやって立つのか。前回、共感的な姿勢には相手を理解しようとする意図と、その理解を伝わる形で示す行為の両方が要ると書きました。後半がないと、相手の脳には何も届きません。 乾先生の講演資料は、職場で共感を届ける方法を3つ挙げています。 ひとつ目は感情のラベリングです。相手の気持ちを推測して、言葉にして返す。「それは悔しかったですね」「それは不安でしたよね」と声に出すと、相手は「わかってもらえた」と感じます。言語コミュニケーションの核心にあたる部分です。 ふたつ目は非言語です。うなずく、表情で反応する、身体を相手のほうへ向ける。あなたの話を聴いているというメッセージは、表情や動作や声のトーンから伝わります。言葉より雄弁な場面のほうが多いくらいです。 三つ目はミラーリングで、相手の仕草をさりげなく模倣する技法です。髪に触れる、足を組むといった動作を、気づかれない程度に合わせる。多くの実験で有効性が確認されていますが、気づかれないことが絶対条件になります。真似だと分かった瞬間に、効果は逆に振れます。落ち着いている人は、周囲の脳のコストを下げている ここでウェルビーイングの話が組織の話につながります。 自分の身体や感情の状態が安定していて、環境とのズレをうまく調整できている人は、周囲にとって読みやすい存在になります。感情の起伏が予測できる。行動に一貫性がある。反応の幅が狭く、怒鳴ったり急に攻撃したりしない。乾先生は、そういう人は周りの脳にとって環境のノイズが低い状態をつくると表現します。 ノイズが低い相手の前では、人はこう感じます。この人の前なら、失敗しても大丈夫だ。心理的安全性は、制度やルールより先に、まずこの手触りから生まれます。そこから意見が出やすくなり、ミスが早く共有され、探索的な行動が増えて創造性が上がっていく。 乾先生の講演資料より逆の場合も、同じ理屈で説明できます。感情や行動の振れ幅が大きいと、周囲は次にどう反応されるか読めなくなる。ネガティブな解釈が伝染し、意図が読めないぶん共同作業のタイミングも合いにくくなる。ただしこれは、誰かを不安定だと名指しするための道具ではありません。その人のウェルビーイングが下がっていること自体が、チームが受け取るべき最初のサインだと考えるほうが役に立ちます。責める対象ではなく、支える対象として扱う。 「最近どうですか」では、たどり着けない 最後に、明日から変えられることをひとつ。 「最近どうですか?」と聞くと、たいてい「ぼちぼちです」が返ってきます。何を答えればいいのか分からない質問だからです。代わりに、乾先生が講演の締めくくりに置いていたのはこちらでした。 「最近、どんなことを感じていますか?」 聞いているのは状況ではなく、感情です。この職場では自分の感情は否定される、と脳が予測している状態ではストレス反応が起きます。ここでは気持ちを話しても大丈夫だと感じられれば、予測が安定し、人は本来の力を出せるようになる。 合理だけでは人は動きません。感情に寄り添うことは、やさしさという以前に、安心の土台をつくる技術です。人は「わかってもらえた」と感じてから、ようやく動けるようになります。 まとめGoogleが約180チームを調べたプロジェクト・アリストテレスの結論は、チームの成功は誰がいるかではなくどう機能するかで決まり、最大の要因は心理的安全性だというものだった 心理的安全性は「ここでは何を言っても大丈夫」という予測がチーム全体で共有されている状態。共感は感じるだけでは届かず、感情のラベリング・非言語・ミラーリングという形で伝えて初めて機能する 状態が安定している人は周囲にとってノイズの低い環境になり、他者の予測誤差とストレスを下げる。ウェルビーイングは個人の問題ではなく、チームの資源として働く3回を通して見えてきたのは、ウェルビーイングが気分の話ではなく、予測という一本の線でつながっているということでした。自分の身体を先回りして整えること、他者との関係を非ゼロ和に保つこと、そして相手にとって読みやすい存在でいること。どれも、誰かの脳の負担を下げる働きをしています。 共創するウェルビーイングという言葉は、たぶんそういう意味です。安心は一人でつくるものではなく、互いの予測をすり合わせながら育てていくものだと思います。次に読むのがおすすめの記事引っ越し直後がしんどいのはなぜ?|脳の予測とウェルビーイング 棋士はなぜ消耗しないのか|非ゼロ和の活動が脳を安心させる 答えるAIから、理解するAIへ——AIは人を理解できるのかやさしいAI研究所ブログ|共創するウェルビーイング シリーズ(全3回)第3回・完 本記事は、やさしいAI研究所顧問・乾敏郎先生(京都大学名誉教授)の講演資料をもとに編集部が構成したものです。シリーズはこれで完結です。続きの議論を一緒に深めたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボへぜひお越しください。やさしいAI研究所の研究活動や最新の取り組みについてはコーポレートサイトからご覧いただけます。
棋士はなぜ消耗しないのか|非ゼロ和の活動が脳を安心させる
将棋の対局は、勝ちと負けしかありません。一方が得れば、その分だけ他方が失う。経済学でいう完全なゼロ和ゲームです。しかも棋士は、それを何十年も続けます。 理屈のうえでは、これほど消耗する職業もなさそうです。ところが実際の棋士は、勝負のきびしさとは別のところで、かなり豊かに見える。やさしいAI研究所の顧問である京都大学名誉教授・乾敏郎先生の講演資料をもとに、脳科学から見たウェルビーイングを3回に分けてお届けしています。第2回は、脳の予測が社会環境に向けられたときの話です。プロフィール乾 敏郎さん京都大学 名誉教授専門分野は認知神経科学、認知科学、計算論的神経科学。京都大学大学院文学研究科教授、京都大学大学院情報学研究科教授を歴任。現在は京都大学名誉教授、金沢工業大学客員教授、児童発達支援・放課後等デイサービスUNICO学術顧問、やさしいAI研究所顧問を務める。20の学会賞を受賞。論文数446編(うち英語論文115編)のほか、著書・訳書など75冊を出版している。前回は、ウェルビーイングを「予測誤差が小さい状態」として捉え直しました。同じ働き方をしていても、消耗する人としない人がいる。その差は、どこから来るのか。 幸福を高める活動と、損なう活動 手がかりになるのが、Mark Miller、Julian Kiverstein、Erik Rietveld による2022年の論文「The Predictive Dynamics of Happiness and Well-Being」(Emotion Review 14巻1号)です。前回登場した予測処理の枠組みを、そのまま幸福の説明に使った研究として知られています。 この論文が置く区別が、非ゼロ和とゼロ和です。他者との協力、利他的な行動、家族や友人との関係、社会への貢献。こうした活動は、誰かが得たぶん誰かが失うという形をしていません。一方で、純粋な金銭的利益の追求はウェルビーイングを損なうとされます。乾先生の講演資料は、ここに社会的な競争心、短期的な快楽、同じことの反復に固まった習慣を加えて整理していました。 乾先生の講演資料より論文の主張はシンプルです。幸福を高めるのは非ゼロ和的な活動で、損なうのはゼロ和的な活動。非ゼロ和の活動は行動のレパートリーを広げ続けるので、環境が変わっても新しい安定へ移っていける。前回の「予測の効く範囲を広げられるか」という話と、そのままつながります。脳から見ると、世界の見え方が変わる なぜ非ゼロ和だと消耗しないのか。乾先生の講演資料は、その理由を脳の予測から説明します。 ゼロ和の世界に立つと、他者は潜在的な敵になります。社会は奪い合いの場で、油断すれば取られる。この前提で動く脳は、常に脅威を予測し続けることになります。しかも同じ競争パターンを繰り返すうちに行動は硬直し、快楽刺激の反復に寄っていく。前回の「タコツボ状態」に近い形です。 非ゼロ和の世界では、他者は協力者になり、社会は相互支援の場になります。脅威の予測が減れば、ストレス反応も下がる。安心感がそのまま脳のコストの低さとして現れます。 脳が求めているのは、刺激の多い環境ではありません。予測しやすく、安全で、安定した環境です。棋士の一日を分解してみる 冒頭の問いに戻ります。棋士の活動のうち、ゼロ和なのは対局そのものだけです。 師匠と弟子の関係があり、研究会や合宿で手を持ち寄り、共同で定跡を掘る。ファンと交流し、テレビや配信で解説をし、普及活動に出向く。対局のあとには仲間との雑談がある。こうして並べてみると、棋士の日々の大半は非ゼロ和です。乾先生の表現を借りれば、棋士は「ゼロ和ゲームを核に、非ゼロ和の社会の中で生きている」。 乾先生の講演資料よりこの構造は、多くの仕事にそのまま当てはまります。営業の数字は椅子取りゲームでも、その周りにある同行、引き継ぎ、後輩の相談、顧客との長い付き合いは非ゼロ和です。消耗を決めているのは、活動の中心にあるゼロ和の量ではなく、その周りに非ゼロ和の層がどれだけ育っているか。ノルマそのものを消せない職場でも、ここは動かせます。 つながりは、あったほうがいいものではない ここまでの話は、人づきあいの多い人が得をするという意味ではありません。心理学の側から見ると、つながりはもっと根本的なものとして扱われています。 マズローの欲求階層では、第3階層に「所属と愛の欲求」が置かれます。仲間として受け入れられたいという欲求は、安全が確保されたあとに立ち上がる基本的なものだという整理です。デシとライアンの自己決定理論はさらに踏み込み、人が内側からやる気を出すために欠かせない3つの欲求として、自律性、有能感、そして関係性を挙げます。 その鍵になるのが共感的理解、つまり「わかってもらえた」という感覚です。乾先生は共感的な姿勢を、相手の内側を理解しようとする意図と、その理解を相手に伝わる形で示す行為の両方だと定義します。感じているだけでは足りない、という部分は次回の中心テーマになります。 自分の内側が分かるほど、相手も分かる では共感の力は、どうすれば育つのか。講演資料が挙げていたのは、意外にも一人でやる訓練でした。 マインドフルネス瞑想です。呼吸や身体の感覚を、良い悪いの判断をはさまずにただ観察する。これを繰り返すと、自分の内側の感情や身体感覚の小さな変化を正確に拾えるようになります。そしてその精度が上がった脳は、他者の感情の微細な変化にも気づけるようになる。ただしこの経路は、まだ決着がついていません。心拍を数える課題のような客観指標で測ると、瞑想の経験者とそうでない人に差が出なかったという報告もあります。 自分の予測誤差を細かく読める人が、他人の予測誤差も読める。共感が生まれつきの性格ではなく、鍛えられる知覚の精度として説明されている点が、この考え方のおもしろいところです。 まとめMiller らの2022年の論文は、幸福を高めるのは協力や利他といった非ゼロ和の活動で、損なうのは競争や短期的快楽といったゼロ和の活動だと整理した ゼロ和の前提で動く脳は他者を潜在的な敵として脅威を予測し続ける。非ゼロ和の関係では脅威予測が減り、ストレス反応も下がる 棋士の仕事の核は完全なゼロ和だが、日々の大半は師弟関係や研究会という非ゼロ和で満たされている。消耗の差を決めるのは、ゼロ和の周りに非ゼロ和の層がどれだけあるか最終回は、この話を職場に持ち込みます。Googleが約180チームを調べて突き止めた「強いチームの条件」と、共感を相手に届けるための具体的なやり方を見ていきます。次に読むのがおすすめの記事引っ越し直後がしんどいのはなぜ?|脳の予測とウェルビーイング 答えるAIから、理解するAIへ——AIは人を理解できるのか 他人のあくびがうつるのはなぜ?——ミラーニューロンとAIをやさしくやさしいAI研究所ブログ|共創するウェルビーイング シリーズ(全3回)第2回 本記事は、やさしいAI研究所顧問・乾敏郎先生(京都大学名誉教授)の講演資料をもとに編集部が構成したものです。「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。
引っ越し直後がしんどいのはなぜ?|脳の予測とウェルビーイング
引っ越して最初の1週間、やたらと疲れませんでしたか。ゴミの日も、スーパーの棚の並びも、駅までの近道も、いちいち確かめないと分からない。仕事の量が増えたわけでもないのに、夜になるとぐったりしている。 あの疲れは、根性の問題ではありません。脳が「先が読めない環境」に置かれたときに起きる、生理的な消耗です。やさしいAI研究所の顧問である京都大学名誉教授・乾敏郎先生の講演資料をもとに、脳科学から見たウェルビーイングを3回に分けてお届けします。第1回は、その土台になる「脳は予測器である」という考え方から。プロフィール乾 敏郎さん京都大学 名誉教授専門分野は認知神経科学、認知科学、計算論的神経科学。京都大学大学院文学研究科教授、京都大学大学院情報学研究科教授を歴任。現在は京都大学名誉教授、金沢工業大学客員教授、児童発達支援・放課後等デイサービスUNICO学術顧問、やさしいAI研究所顧問を務める。20の学会賞を受賞。論文数446編(うち英語論文115編)のほか、著書・訳書など75冊を出版している。「満たされた状態」を、脳の言葉に置き換える ウェルビーイングの出発点としてよく引かれるのが、1948年に発効したWHO憲章の健康の定義です。健康とは病気でないことではなく、「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」だとされています。この満たされた状態が、そのままウェルビーイングにあたります。 ただ、この定義は目指す方向を示してくれる一方で、日々の判断にはあまり効きません。身体の健康、感情の充足、人とのつながり、生きる目的。どれも大切だと分かっていても、では明日の会議をどう変えればいいのかまでは降りてこない。 乾先生の講演は、ここに脳科学からの補助線を引きます。脳にとって「満たされた状態」とは、予測がよく当たっている状態のこと。この一文が、シリーズ全体を貫く軸になります。脳は世界を見ていない、予測している 私たちは目を開ければ世界がそのまま見えていると感じます。ところが網膜に届いているのは、上下逆さまで、中心以外はぼやけた二次元の光にすぎません。安定したカラーの世界は、その乏しい材料から脳が組み立てた推論の結果です。 この組み立て方を説明するのが「予測符号化」という考え方です。1999年にラオとバラードが計算モデルとして定式化し、2010年代に入って脳科学の主流になってきました。乾先生は講演で、脳の働きを4つに整理しています。脳は環境から来る感覚信号を絶えず、しかも無意識に予測している。予測と実際の信号のズレが小さくなるように予測を修正する。私たちが見ている世界は、そうやって修正された予測信号のほうである。そして身体を動かして環境を変えることは、脳が立てた予測を自分で実現しにいく行為でもある。 乾先生の講演資料よりこのズレが「予測誤差」です。錯視や思い込みがなぜ起きるのかについては、同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?で詳しく書きました。 予測が当たる場所では、脳は休める 冒頭の引っ越しに戻ります。新しい街では、脳の予測がことごとく外れます。この道を曲がれば駅、この時間なら空いている、という蓄積がまだない。予測誤差が大きいので、脳は修正のために常時フル稼働することになります。それが疲労の正体です。 裏を返すと、環境が自分の予測どおりに動いていると感じられるとき、人はいちばん安心できます。職場でも、家庭でも、人づきあいでも、この感覚が続いている状態。乾先生は、それこそがウェルビーイングの基盤だと位置づけます。 半年住めば、同じ街が疲れなくなる。街は変わっていません。変わったのは、脳の予測の精度です。 刺激が常に手に入る状態は、ウェルビーイングではない ここで一つ、区別しておきたいことがあります。「予測どおり」が心地よいなら、欲しい刺激が常に手に入る環境が最高ということになりそうです。実際、依存はまさにその形をしています。次に何が来るかは完全に分かっているし、確実に満たされる。 乾先生はこれを「タコツボ状態」と呼び、ウェルビーイングとは別物だと切り分けます。予測が当たり続けているように見えて、その予測が通用する範囲がどんどん狭くなっている。外の世界は変化し続けるので、いずれ予測は効かなくなり、そのとき人は何も持っていない状態で放り出されます。 短期的な幸福と長期的なウェルビーイングの分かれ目は、ここにあります。大事なのは予測が当たることそのものではなく、環境が変わったときに新しい安定へ移っていけること。幸福を刺激の量で測るのをやめて、予測の効く範囲を広げ続けられているかで測る。今回のシリーズで一番持ち帰ってほしいのは、この見方の切り替えです。 アロスタシス、先回りして整える力 予測は、外の世界だけに向いているのではありません。身体の中にも働いています。 これから走ろうと思った瞬間、心拍数と体温は走り出す前に上がりはじめます。朝、起きようとすると、身体を起こす前に血圧が上がる。乱れてから戻すのではなく、乱れる前に整えているわけです。この仕組みをアロスタシスと呼びます。 体温や血糖を一定に保つホメオスタシスが「ズレたら戻す」だとすれば、アロスタシスは「ズレる前に動く」。将来の生理的・代謝的な需要を予測して先回りで調整し、長期的に誤差を最小化する働きです。詳しくは揺らぎながら安定する|アロスタシスとホメオスタシスでも取り上げました。 乾先生の講演資料よりつまり脳は、外の環境と身体の内側の両方について、予測を立てては修正するということを休みなく続けています。予測すべき環境は、3つある 私たちが予測している「環境」は、実は3種類に分けられます。ひとつは物理環境。道の形や物の位置など、比較的読みやすい相手です。ふたつ目は内部環境、つまり内臓や身体の状態で、ストレス反応の出どころになります。 そして三つ目が社会環境です。他者が何を考え、どう感じ、次にどう動くのか。これがいちばん読みにくい。会議で上司の反応が読めないときの居心地の悪さは、脳にとっては見知らぬ街を歩いているのと同じ状態です。 乾先生は、この社会環境の不確実性を下げる働きこそが共感だと言います。共感は性格のやさしさというより、相手を理解して予測を立て直す作業に近い。ウェルビーイングを個人の心の持ちようで終わらせず、人と人のあいだの問題として扱えるようになるのは、この一歩からです。 まとめ脳は感覚信号を絶えず予測し、実際とのズレ(予測誤差)を小さくするように修正し続けている。私たちが見ている世界は、修正された予測のほう ウェルビーイングの基盤は「環境が自分の予測どおりに動いている」感覚。引っ越し直後の疲れは、予測が外れ続けることによる脳の消耗 欲しい刺激が確実に手に入る状態は短期的な幸福で、長期的なウェルビーイングとは違う。分かれ目は、環境が変わったときに新しい安定へ移っていけるかどうか次回は、社会環境の話に踏み込みます。同じ働き方をしていても、消耗する人と消耗しない人がいる。その差を「非ゼロ和」というキーワードから読み解きます。次に読むのがおすすめの記事答えるAIから、理解するAIへ——AIは人を理解できるのか 同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?|予測する脳とAIのハルシネーションをやさしく 揺らぎながら安定する——アロスタシス、ホメオスタシスとAIをやさしくやさしいAI研究所ブログ|共創するウェルビーイング シリーズ(全3回)第1回 本記事は、やさしいAI研究所顧問・乾敏郎先生(京都大学名誉教授)の講演資料をもとに編集部が構成したものです。「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。
子どもは1億語、AIは15兆語|ことばの学び方の違いをやさしく
1歳半をすぎたころ、子どもに不思議なことが起きます。それまでぽつり、ぽつりと増えていた単語が、ある時期を境にせきを切ったように増えはじめる。きのう覚えた「わんわん」が、きょうは「おおきい わんわん」になっている。研究者が「語彙爆発」と呼ぶ時期です。 だれも文法書を渡していません。発音記号も教えていません。それなのに、数年もすれば立派におしゃべりが成立する。当たり前すぎて見過ごしがちですが、これはとんでもないことです。 脳科学とやさしいAI第3弾シリーズの最終回は、この「ことばの学び」がテーマです。桁違いのデータで学ぶAIと並べたとき、人の学びの何がすごいのかが見えてきます。 子どもは、驚くほど少ない材料で話せるようになる 子どもが耳にすることばの量は、研究によって幅はあるものの、1年でおよそ200万〜700万語ほどと見積もられています。積み上げても、13歳までに触れる語はせいぜい1億語程度。しかもその多くは聞き流しで、教科書のように整った文ばかりでもありません。 それだけの材料で、子どもは発音を聞き分け、単語を切り出し、文法の規則を自分で見つけ出します。「おいしくない」から規則を推理して「好きくない」「きれいくない」と言ってしまうあの間違いは、丸暗記ではなく規則を自分で組み立てている証拠です。教わっていない規則を、聞いたことばから発明しているのです。 なぜこんな効率のよい学びができるのか。ヒントは、子どもの学びがことばだけで完結していないことにあります。「りんご」という音は、赤くて、つるつるして、甘い匂いのするあの物体と一緒にやってきます。養育者と同じものを見つめる「共同注意」の時間に、ことばと世界が結びついていく。身体で世界に触れながら、意味の裏付けを取り続けているのです。AIは15兆語で学ぶ。それでも子どもに届かないもの 一方、いまの大規模言語モデル(LLM)はどうか。たとえばMeta社が2024年に公開したLlama 3は、15兆トークンを超えるテキストで訓練されたと公表されています(トークンは、おおむね単語に近い単位です)。人間の一生分どころか、1億語の15万倍。毎日1,000万語を浴び続けても4,000年かかる量です。 この差に注目した研究者たちが2023年に始めたのが「BabyLM Challenge」という国際コンペです。使ってよい学習データを、子どもが触れる量に合わせて1億語以下に制限し、その範囲でどれだけ賢い言語モデルを作れるかを競います。データを増やせば性能が上がることはもう分かった、では人間の子ども並みの効率に近づけるか、という問いの立て方が面白いところです。 結果はどうか。工夫次第で小さなデータでも思った以上に学べることが示される一方、人間の子どもの効率には遠く及ばない、というのが現在地です。この事実は、逆向きの光を当ててくれます。つまり、すごいのはデータをたくさん読んだAIではなく、1億語で話せるようになる子どものほうなのです。効率の差が教えてくれること なぜこれほど差がつくのか、決定版の答えはまだありません。生まれつきことばに向いた仕組みが脳にあるという見方も、身体と対話が決定的だという見方もあります。ただ、子どもの学びに必ずついてくるものを挙げることはできます。世界に触れる身体、応えてくれる相手、そして「伝えたい」という動機です。 子どもは語彙を増やすために話すのではありません。抱っこしてほしくて、見つけたものを知らせたくて声を出し、それが届いた喜びが次のことばを連れてきます。学びの燃料が、データではなく関係の中にある。ここが、テキストだけを大量に読む学びとの一番深い違いだと私たちは考えています。 だからAIとの付き合いでも、順番を間違えないことが大切になります。AIは、たくさん読んだ分だけ、ことばの形を整えるのが得意です。その力は借りればいい。けれど、ことばに意味と重さを与えるのは、世界に触れてきた人の経験のほうです。子どもの学びが教えてくれるこの順番は、AIがどれだけ賢くなっても変わらないはずです。 まとめ子どもが13歳までに触れることばはせいぜい1億語ほど。それでも身体と対話を通じて、規則を自分で見つけながら話せるようになる Llama 3は15兆トークン超で学ぶ。子ども並みの1億語に制限したBabyLM Challengeの挑戦は、人間の学びの効率が桁外れであることを裏づけた 子どもの学びの燃料は「伝えたい」という動機と、応えてくれる相手。ことばに意味を与えるのは経験であり、AIの力はその上で借りるのが順番シリーズを終えて 第3弾の3回では、錯視(予測する脳)、直感と熟考(2つの思考モード)、言語習得(学びの効率)という視点から、AIを眺めてきました。 3回に共通していたのは、脳の「足りなさ」が弱点ではなかったことです。不完全な入力だから予測で補い、処理しきれないから直感で近道し、1億語しか聞けないから身体と関係で学ぶ。制約こそが、人の知性のかたちを作っていました。潤沢なデータと計算で進むAIと、制約の中で磨かれた脳。両者は似てきたところほど、根っこの違いがよく見えます。 その違いに正直でいることが、AIに何を任せ、何を人の手に残すかを考える出発点になります。シリーズは今回で一区切りですが、脳とAIの話はこれからも折にふれて書いていきます。次に読むのがおすすめの記事同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?|予測する脳とAIのハルシネーションをやさしく バットとボールの問題、即答できますか?|直感と熟考、AIの「考えるモード」をやさしく ぼんやりしている時こそ、脳は働いている|デフォルトモードネットワークとAIの「余白」をやさしくやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 第3弾シリーズ(全3回)第3回・完 第3弾シリーズはこれで完結です。続きの議論を一緒に深めたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボへぜひお越しください。やさしいAI研究所の研究活動や最新の取り組みについてはコーポレートサイトからご覧いただけます。
バットとボールの問題、即答できますか?|直感と熟考、AIの「考えるモード」をやさしく
バットとボールは、合わせて1,100円。バットはボールより1,000円高い。では、ボールはいくらですか。 「100円」と答えたくなりませんでしたか。実はそれだと、バットが1,100円になって合計1,200円。正解はボール50円、バット1,050円です。落ち着いて考えれば分かるのに、頭の中に「100円」が先に浮かんでしまう。 脳科学とやさしいAI第3弾シリーズの第2回は、この「先に浮かぶ答え」の正体です。脳の2つの思考モードから、AIに最近そなわった「考えるモード」を眺めます。 脳には「速い思考」と「遅い思考」がある 冒頭の問題は、アメリカの行動経済学者シェーン・フレデリックが2005年に発表した「認知反射テスト」の1問目です。名門大学の学生でも大勢が「100円」型の誤答をしたことで知られています。 そしてこの現象を一般に広めたのが、2002年にノーベル経済学賞を受けた心理学者ダニエル・カーネマンです。著書『ファスト&スロー』(2011年)で、彼は人の思考を2つのモードに分けて説明しました。 システム1は、速い思考。 努力なしに自動で動きます。「2+2は?」に答えが浮かぶ、相手の声色から機嫌を察する、母語の文を理解する。止めようと思っても止められません。 システム2は、遅い思考。 注意と努力を要します。「17×24は?」を筆算する、確定申告の書類を確かめる、はじめての道を地図を見ながら歩く。使うと確実に疲れます。 バットとボールの問題では、システム1が「1,100と1,000だから、差の100だな」という、それらしい答えを瞬時に差し出します。システム2はそれを検算する係なのですが、この係がなかなかの面倒くさがりで、もっともらしい答えが来ると素通ししてしまう。あの誤答は、脳の分業体制がそのまま表に出た結果なのです。直感はサボりではない。ただし、系統的に間違う こう書くと、システム1が悪者に見えてしまいますが、それは違います。 直感は、過去の経験を圧縮した知恵です。ベテランの看護師が数値に表れる前に患者の異変を察知する。将棋の棋士が盤面を見た瞬間に有力な手を絞り込む。何万回という経験と答え合わせを重ねた分野では、直感は熟考より速く、しばしば正確です。そもそも、すべてをシステム2で処理していたら、朝の支度だけで日が暮れます。 問題は、直感の間違い方に偏りとクセがあることです。目立つものを過大評価する、最初に見た数字に引きずられる、自分に都合のよい情報だけ集める。こうした偏りは誰の脳にも同じ方向に働くので、本人は気づけません。 だから大事なのは、直感を捨てることではなく、ここぞという場面でシステム2を起動する習慣のほうです。人を評価するとき、大きな買い物をするとき、誰かを傷つけるかもしれない一言を送る前。ひと呼吸おいて検算する。この切り替えこそ、前回の錯視の話で書いた「自分の見え方を一歩引いて眺める」ことの、思考版だと言えます。 AIにも「即答」と「じっくり」ができた さて、AIです。実は少し前まで、AIの答え方はシステム1に似ていました。どんな難問にも、学習したパターンから一瞬で「一番ありそうな答え」を返す。速いけれど、検算はしない。バットとボール問題のような、ひっかけに弱い時期が実際にありました。 「考える時間」を与えると賢くなる その様子を変えたのが、2024年ごろから各社が投入した「推論モデル」です。OpenAIのo1、Anthropic(Claude)の拡張思考のように、答えを出す前に途中の考え(思考の過程)を長く書き出させる仕組みが主流になりました。人間が計算用紙を使うのに似ていて、考える時間を長く与えるほど、数学や論理の難問の正答率が上がることが確かめられています。 即答するモードと、じっくり考えるモード。AIが2つのモードを使い分ける姿は、システム1とシステム2の分業に驚くほど似てきました。それでも残る違い ただ、似てきたからこそ、違いも見えてきます。人のシステム2起動は「あれ、何かおかしいぞ」という違和感、つまり自分の直感への疑いから始まります。いまのAIは、じっくり考えるかどうかを主に設定や質問の難しさで決めていて、「自分の答えが怪しい」という感覚から自発的に検算を始めるわけではありません。長く考えたのに自信満々に間違える、ということも起きます。 考える時間の長さは、考えの確かさを保証しない。これは人間にも耳の痛い話で、AIとの付き合いでも同じです。「じっくり考えたAIの答えだから正しい」ではなく、大事な判断ほど人の側のシステム2で受け止める。その役割分担が、当面の現実的な付き合い方だと考えています。 まとめ脳には自動で速いシステム1と、努力を要する遅いシステム2があり、即答の誤りは検算係の素通りから生まれる(バットとボール問題) 直感は経験を圧縮した知恵で、多くの場面で有能。ただし間違い方に系統的な偏りがあり、本人は気づけない AIも推論モデルの登場で「即答」と「じっくり」を使い分けるようになったが、自分の答えを疑う感覚からの検算はまだ人の側の仕事次回は最終回。生まれたばかりの子どもが、わずかな言葉からことばを身につけていく話です。桁違いのデータで学ぶAIと何が違うのか、「学び」の根っこを見にいきます。次に読むのがおすすめの記事同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?|予測する脳とAIのハルシネーションをやさしく AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく ひと晩寝たら解けた問題|睡眠と記憶、AIの学習と忘却をやさしくやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 第3弾シリーズ(全3回)第2回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。
同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?|予測する脳とAIのハルシネーションをやさしく
2本の線が並んでいます。片方は矢羽根が外向き、もう片方は内向き。どう見ても下の線のほうが長い。ところが定規を当てると、2本はぴったり同じ長さです。 種明かしを聞いたあと、もう一度見てみてください。それでも、やっぱり違う長さに見えませんか。「同じだと知っているのに、同じに見えない」。この頑固さこそ、脳の面白いところです。 脳科学とやさしいAIシリーズ、続編シリーズに続く第3弾を、きょうから3回でお届けします。第1回のテーマは「錯視」。目の錯覚から見えてくる「予測する脳」の姿と、AIのハルシネーションとの意外な関係を見ていきます。 脳は世界を「見て」いない、「予測して」いる 冒頭の図は「ミュラー・リヤー錯視」と呼ばれます。ドイツの学者フランツ・ミュラー・リヤーが1889年に発表した、100年以上研究され続けている定番の錯視です。 なぜ知識で分かっていても騙され続けるのか。その答えのヒントになるのが、目から入る情報の性質です。網膜に届くのは、上下逆さまで、ぶれていて、中心以外はぼやけた二次元の光にすぎません。私たちが「見ている」と感じる安定したカラーの世界は、この不完全な材料から脳が組み立てた、いわば完成予想図です。この組み立てを説明する有力な考え方が「予測符号化(predictive coding)」です。1999年にラジェッシュ・ラオとダナ・バラードが発表したモデルがよく知られています。脳は入ってくる情報をゼロから処理するのではなく、先に「たぶんこう見えるはず」という予測を立て、実際の入力とのズレだけを拾って修正している、という考え方です。 こうすると錯視の頑固さにも説明がつきます。よく知られた説では、矢羽根のような奥行きの手がかりを見ると、脳は長年の経験から「この形はきっと遠くにある、なら実際はもっと長いはず」と自動で補正をかける。なぜこの錯視が起きるかには他の説もありますが、補正が意識より深い場所で走っている点は共通しています。だから「同じ長さだ」と知識で知っていても止められません。錯視は脳の故障ではなく、普段は世界を素早く正しく見るための予測が、たまたま裏目に出た瞬間なのです。 「思い込み」もまた、予測のズレ 予測する脳は、ものの見え方だけの話ではありません。人の言葉や表情を受け取るときも、私たちは予測を使っています。 たとえば、同僚からの「了解です」という短い返事。急いでいるだけかもしれないのに、前日にすれ違いがあった相手だと「怒っているのかも」と読んでしまう。相手の実際の気持ちではなく、自分の予測のほうを見ている瞬間です。 思い込みやすれ違いの多くは、この予測が外れているのに、外れたことに気づけないまま進んでしまうことから起きます。錯視と同じで、本人には「そう見えている」ので、疑うきっかけがありません。だからこそ、「自分はいま、予測込みで見ているのだ」と知っておくことに意味があります。自分の見え方を一歩引いて眺められる人は、相手の見え方が違うことにも気づきやすい。予測する脳を知ることは、やさしさの足場になると私たちは考えています。 AIのハルシネーションは「AIの錯視」なのか ここでAIの話です。AIが事実ではないことを、もっともらしい顔で答えてしまう現象は「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれます。存在しない論文をすらすら紹介する、あの現象です。 似ているのは「もっともらしく埋める」こと 錯視とハルシネーションには、確かに似た構造があります。脳は不完全な入力を経験からの予測で補い、「一番ありそうな世界」を見せる。言葉を予測するAIも、学習した膨大なパターンから「一番ありそうな続き」を出力します。どちらも、足りない部分をそれらしく埋める仕組みが、本来の力の源であると同時に、間違いの源にもなっている。ここは本当によく似ています。違うのは「答え合わせの相手」 ただし、大きな違いがあります。脳の予測には、身体と世界という答え合わせの相手がいることです。 コップの位置を見誤れば手が空を切り、その瞬間に予測は修正されます。人の表情を読み違えれば、気まずい沈黙が返ってきて、次からの予測が変わります。予測して、外れて、直す。このループを、私たちは生まれてからずっと回し続けています。 いまのAIには、この意味での身体がありません。文章を出力しても、その内容が現実の壁にぶつかって痛い思いをするわけではない。検索で裏を取る仕組みや、間違いを指摘されて学ぶ仕組みは整いつつありますが、世界との絶え間ない答え合わせが学びの土台になっている脳とは、まだ隔たりがあります。だからAIの出力は、どれだけ流ちょうでも「予測のままの完成予想図」でありえます。読み手の側が定規を当てる、つまり出典や事実を確かめる余地を残しておくことが大事になります。 まとめ脳は網膜に届く不完全な情報を予測で補い、「一番ありそうな世界」を見せている。錯視はその予測が裏目に出た瞬間で、知識では止められない 人間関係の思い込みやすれ違いも予測のズレから起きる。「予測込みで見ている」と知ることが、相手の見え方を想像するやさしさにつながる AIのハルシネーションは「もっともらしく埋める」点で錯視と似ているが、身体と世界による答え合わせを持たない点が違う。だから確かめる余地を人の側に残しておく次回は、見たものを受け取ったあとの「考える」の話です。つい即答してしまう直感と、じっくり考える熟考。脳の2つの思考モードから、AIの「考えるモード」を眺めます。次に読むのがおすすめの記事うるさい店内で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?|注意とAIのアテンションをやさしく AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく AIは間違いに気づけるのか——失敗・謝罪・自己修正の仕組みやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 第3弾シリーズ(全3回)第1回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。
ぼんやりしている時こそ、脳は働いている|デフォルトモードネットワークとAIの「余白」をやさしく
シャワーを浴びているとき、散歩の途中、電車の窓の外をながめているとき。特に何も考えていないつもりなのに、ふと良いアイデアが浮かんだり、しばらく連絡していない友人の顔が思い浮かんだりする。 集中して机に向かっていたときには出てこなかったものが、力を抜いた瞬間にやってくる。この「ぼんやり」の時間に、脳の中では意外なことが起きています。 脳科学とやさしいAI続編シリーズの最終回は、そんな余白の時間を支える「デフォルトモードネットワーク」から、AIに創造性や余白はありうるのかを考えます。 何もしていない脳は、休んでいない 2001年、アメリカの神経科学者マーカス・レイクルは、脳の画像を撮る実験を重ねるうちに、奇妙なことに気づきました。人が課題に取りかかると活発になる領域がある一方で、課題をやめて何もしなくなった途端に、むしろ活動が上がる領域があったのです。 彼はこれを脳の「デフォルトモード(初期状態)」と名づけました。のちにこの領域どうしが連携して働くネットワークだと分かり、デフォルトモードネットワーク(DMN)と呼ばれるようになります。驚くのは、その燃費です。脳は体重のわずかな割合しかないのに、体全体のエネルギーのうち大きな取り分を使います。そしてそのかなりの部分が、何か特定の作業をしていない「安静時」に使われている。ぼんやりは、脳にとってサボりではなく、しっかり電気を食う仕事なのです。 このDMNは、過去の出来事を思い返したり、まだ来ぬ未来を想像したり、自分自身について考えたりするときによく働くとされます。目の前の課題から離れて、心が自由に動きまわる時間。ひらめきや内省が、ここから生まれると考えられています。 「余白」が、人の心を人らしくする ここで立ち止まって考えたいのは、この余白がなぜ大切なのか、ということです。 DMNが担うのは、いま目の前で役に立つ計算ではありません。過去を振り返って意味づけをしたり、「あの人は今どうしているだろう」と思いをはせたり。すぐ答えの出ないことを、あてもなく巡らせる働きです。 けれど、この一見むだに見える時間から、その人らしい発想や、他者への想像力が育ちます。効率だけを追えば真っ先に削られそうな余白こそ、人を人らしくしている。やさしさや創造性の土壌は、この余白に根を張っているように思います。 AIに「余白」はあるのか では、AIはどうでしょう。 いまのAIは、問いを受け取ってはじめて動きます。プロンプトを入れれば猛烈な速さで答えを返しますが、問いがない静かな時間に、自分から何かを思い巡らせているわけではありません。ぼんやりする脳のように、手を止めた瞬間に内側で勝手に何かが立ち上がる、ということは基本的に起きない。 もちろん、AIが新しい組み合わせを生み出す力は本物です。膨大な文章や画像を学び、それらを混ぜ合わせて、人が思いつかない案を返すこともできます。その意味で「創造的」に見える瞬間は確かにあります。ただ、それは問いに応えて生まれる創造であって、誰にも呼ばれないまま心が勝手にさまよう、あの余白から来るものではありません。「あの出来事は何だったのだろう」と、自分のために時間をかけて考える。そういう内側からの動機を、いまのAIは持っていないのです。 だからこそ私たちは、AIに人間そっくりの「心の余白」があるふりをさせるより、AIには余白がないと正直に認めたうえで、人間の余白を守り、育てる側にAIを置くほうが誠実だと考えています。急かさず、考える時間を奪わず、ときには「少し寝かせてみては」と促す。人のぼんやりを尊重するAIのほうが、ずっとやさしい。 まとめ脳は何もしていない安静時にこそ活発に働く領域(デフォルトモードネットワーク)を持ち、内省やひらめきを支えている すぐ役に立たない「余白」の時間が、その人らしい発想や他者への想像力を育てる 今のAIは問いに応じて動き、自発的にさまよう余白は持たない。だからこそ人の余白を守り育てる側に置くのが誠実シリーズを終えて 続編の3回では、注意(選んで捨てる力)、睡眠(記憶を整理する時間)、デフォルトモードネットワーク(何もしない時間の働き)という視点から、AIを眺めてきました。 最初のシリーズから通して見えてきたのは、やはり同じ一点です。AIは「できる」ことをどんどん増やしていく。けれど「わかる」「感じる」「勝手に思い巡らせる」といった、人の内側から立ち上がる働きは、まだAIの外にあります。その違いに正直でいることが、人とAIの信頼を支えます。 脳のしくみは、AIに何を任せ、何を人の手に残すべきかを考えるための、静かな道しるべになってくれます。次にぼんやりする時間があったら、それは脳が働いている証拠だと思って、どうか大事にしてください。次に読むのがおすすめの記事うるさい店内で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?|注意とAIのアテンションをやさしく ひと晩寝たら解けた問題|睡眠と記憶、AIの学習と忘却をやさしく 他人のあくびがうつるのはなぜ?——ミラーニューロンとAIをやさしくやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 続編シリーズ(全3回)第3回・完 続編シリーズはこれで完結です。続きの議論を一緒に深めたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボへぜひお越しください。やさしいAI研究所の研究活動や最新の取り組みについてはコーポレートサイトからご覧いただけます。
ひと晩寝たら解けた問題|睡眠と記憶、AIの学習と忘却をやさしく
夜遅くまで粘っても解けなかった問題が、ひと晩ぐっすり眠った翌朝、机に向かった瞬間にすっとほどける。試験勉強でも、仕事の企画でも、こんな経験をした人は多いはずです。 寝ている間、意識のほうは休んでいます。それなのに、朝になると昨日より頭が整理されている。このあいだに、脳の中では何が起きているのでしょう。 脳科学とやさしいAI続編シリーズの第2回は、睡眠と記憶の関係から、AIの「学習」と「忘れること」を考えます。 眠りは、記憶を整理する時間 かつて睡眠は、ただ体を休めるだけの受け身の時間だと思われていました。いまはむしろ逆で、眠っている間こそ脳は活発に記憶の後片づけをしていると考えられています。 その主役の一つが、深い眠り(ノンレム睡眠)のあいだに起きる「リプレイ」です。日中に何かを経験すると、海馬という部位でその出来事のパターンが刻まれます。そして深い眠りの中で、脳はそのパターンを高速で再生し、大脳皮質の側へ少しずつ書き写していきます。一日の出来事をすべて同じ濃さで残していたら、頭はすぐにいっぱいになってしまいます。だから脳は、大事なものを選んで長期の棚へ移し、いらないものは薄れるにまかせる。眠りは、その選別と引っ越しの作業をまとめて進める時間です。 種類によって役割の違いもあるようです。深い眠りは「昨日どこで何があったか」のような言葉にできる記憶の定着に、レム睡眠は体で覚える手続きの記憶に効きやすいと報告されています。徹夜明けに頭がぼんやりするのは、この整理の時間をまるごと飛ばしてしまうからだと考えると、腑に落ちます。 AIはどう学び、どこでつまずくのか ではAIの場合はどうか。AIの「学習」は、大量のデータを見ながら内部のつまみ(パラメータ)を少しずつ調整していく作業です。人が寝ている間に記憶を棚へ移すのとは、だいぶ違うやり方です。 新しく覚えると、前を忘れてしまうことがある ここで、AI特有のやっかいな現象が出てきます。**破滅的忘却(catastrophic forgetting)**と呼ばれるものです。 すでに覚えたことがあるAIに、新しい課題だけを集中的に学ばせると、前にできていたことがごっそり抜け落ちてしまう。人間でいえば、フランス語を覚えた途端に母国語をきれいさっぱり忘れる、というと大げさですが、方向としてはそれに近い現象が起きます。人の脳が破滅的に忘れにくいのは、海馬でいったん素早く覚えたことを、睡眠を通じて時間をかけて皮質へなじませる、という二段構えを持っているからだと考えられています。新しいことを覚えつつ、古いことも守る。この折り合いのつけ方が巧みなのです。 だからAIにも「思い出しながら学ぶ」工夫がいる 面白いのは、AIの研究でも似た発想が使われている点です。新しいことだけを詰め込ませるのではなく、過去に学んだ例をときどき混ぜて復習させながら覚えさせる。眠っている脳がリプレイで昔を再生するのに、どこか通じる工夫です。 もっとも、これで人間の睡眠と同じことができているわけではありません。AIには、自分でひと晩かけて記憶を選び直す時間も、目覚めて「すっきりした」と感じる感覚もない。似た課題に、違うやり方で挑んでいるというのが正直なところです。 まとめ眠りは受け身の休息ではなく、記憶を選び、整理し、長期の棚へ移す積極的な時間(深い眠りのリプレイ) AIは新しいことだけを学ぶと過去を失いやすい(破滅的忘却)。人の脳は海馬と睡眠の二段構えでこれを避けている AIも過去を復習させる工夫で忘却をやわらげるが、人の睡眠と同じ仕組みを持つわけではない覚えることと忘れることは、裏表です。何を残し、何を手放すかを上手に決められることが、人の記憶をしなやかにしています。AIに「賢く忘れる」力をどう持たせるかは、これからのやさしいAIにとって地味だけれど大切な宿題だと考えています。 次回は、そうして整理された頭が「ぼんやり」しているときの話。デフォルトモードネットワークから、AIに余白や創造性はありうるのかを考えて、このシリーズを閉じます。次に読むのがおすすめの記事うるさい店内で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?|注意とAIのアテンションをやさしく AIは間違いに気づけるのか——失敗・謝罪・自己修正の仕組みをやさしく解説 揺らぎながら安定する——アロスタシス、ホメオスタシスとAIをやさしくやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 続編シリーズ(全3回)第2回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。
うるさい店内で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?|注意とAIのアテンションをやさしく
カフェで友だちと話していると、まわりの話し声はいつのまにか気にならなくなります。ところが、少し離れた席で誰かが自分の名前を口にすると、その一言だけがふっと耳に飛び込んでくる。 さっきまで背景に沈んでいた音が、急に前に出てくる。この不思議な体験には、脳の「注意」という働きが深く関わっています。 先月お届けした脳科学とやさしいAIシリーズ(全3回)の続編を、きょうから3回でお届けします。第1回のテーマは「注意」。名前がそっくりなAIの「アテンション」と、どこが同じで、どこが違うのかを見ていきます。 脳の注意は「選んで、捨てる」力 この現象を最初にきちんと調べたのは、イギリスの認知科学者コリン・チェリーです。1953年、彼は左右の耳に別々の音声を同時に流し、片方だけを声に出して復唱してもらう実験をしました。 すると人は、注意を向けた側の内容はしっかり追えるのに、もう一方については「男性か女性か」といった音の質しか覚えていませんでした。意味のほうは、ほとんど素通りしていたのです。 にぎやかな場所でも狙った相手の声を聞き分けられるこの現象は、のちに「カクテルパーティー効果」と呼ばれるようになりました。ここから分かるのは、注意とは「よく見る・よく聞く」だけの力ではない、ということです。むしろ本質は逆で、大量に入ってくる情報の大半を捨て、ごく一部にだけ資源を回す。脳が一度に扱える量には限りがあるからこそ、どこに集中し、何を切るかを選んでいます。 見ているようで、見ていない。聞いているようで、聞いていない。私たちの意識にのぼるのは、脳が「これは大事」と選び抜いたあとの、薄いひとすくいなのです。 なぜ注意が「やさしさ」に関わるのか 注意が選択と切り捨ての力だとすると、そこには自然と「何を大事にするか」という価値の問題がついてきます。 たとえば、悩みを打ち明けられたとき。相手の言葉の情報量そのものは多くても、本当に受け止めるべきは、声が少し詰まったあの一言だったりします。全部を平らに聞くのではなく、大事なところに注意を寄せる。人が人に寄り添えるのは、この重みづけができるからです。 やさしいAI研究所が考える「寄り添う」も、根っこはここにあります。相手のすべてを同じ強さで処理するのではなく、いま何に注意を向けるべきかを見きわめること。注意は、思いやりの入り口でもあります。 AIの「アテンション」は、脳の注意と同じ? ここで話がおもしろくなります。いまのAIの中心にある技術は「Transformer(トランスフォーマー)」と呼ばれ、その心臓部の仕組みの名前が、まさに**アテンション(attention=注意)**です。名前が同じなのは偶然ではありません。 似ているのは「重みづけ」 Transformerのアテンションは、文章の中のどの言葉が、いま処理している言葉と強く関係するかを計算し、関係が深いものほど大きく扱います。「それ」が何を指すかを判断するとき、前に出てきた名詞に重みを寄せる、といった具合です。 たくさんの入力の中から関係の深いものに重みを置く。この一点だけを見れば、脳が大事な音を前に出すのと、確かに発想は似ています。違うのは「捨てる勇気」と「身体」 ただ、中身はかなり違います。脳の注意は資源が足りないから捨てるのに対し、AIのアテンションは基本的に入力すべてに一度目を通したうえで重みを配ります。人のように「そもそも視界に入れない」わけではありません。 そして何より、AIには「これを大事にしたい」という意図や、名前を呼ばれてハッとする身体がありません。重みの計算は精密でも、その重みが誰かの痛みに向くかどうかまでは、仕組みそのものは決めてくれない。何に注意を向けるべきかという価値の部分は、まだ人の側にあるのです。 まとめ脳の注意は「よく見る力」ではなく、大量の情報を捨てて一部に集中する「選ぶ力」(カクテルパーティー効果) 何に注意を向けるかは、そのまま「何を大事にするか」という価値の問題につながる AIのアテンションは強力な重みづけの仕組みだが、意図や身体を持たず、価値判断そのものは人に委ねられている似ているのは計算のかたち、違うのは「何を大切にするか」の選び方。やさしいAIをつくるうえで私たちが手放してはいけないのは、まさにこの後半だと考えています。AIの精密な重みづけに、人の価値観をどう重ねるか。そこが腕の見せどころになります。 次回は、その注意で受け取ったことが、眠っている間にどう整理されるのか。睡眠と記憶の話から、AIの学習と忘却を考えます。次に読むのがおすすめの記事AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく 他人のあくびがうつるのはなぜ?——ミラーニューロンとAIをやさしく 「やさしいAI」とは何か——便利さを超えた、人に寄り添うAIを考えるやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 続編シリーズ(全3回)第1回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。
他人のあくびがうつるのはなぜ?——ミラーニューロンとAIをやさしく
隣の人があくびをすると、つられて自分もあくびが出る。誰かが指をドアに挟むのを見ると、思わず「痛っ」と自分の顔がゆがむ。 自分は何もしていないのに、他人の体験がまるで自分のことのように伝わってくる。この不思議な現象の裏には、ある神経の働きがあると考えられています。 脳科学とやさしいAIシリーズの最終回は、共感の土台ともいわれる「ミラーニューロン」から、AIと共感を考えます。(第1回・メタ認知、第2回・アロスタシスもどうぞ。) ミラーニューロンとは「他者を映す鏡」 ミラーニューロンは、1992年にイタリア・パルマ大学のリゾラッティらの研究チームが、サルの脳(運動前野のF5という領域)で見つけた神経細胞です。 発見はほとんど偶然でした。サルが自分で物をつかむときに活動する神経を調べていたところ、そのサルが「研究者が物をつかむのを見ている」だけのときにも、同じ神経が活動したのです。 つまりこの神経は、自分がその行為をするとき 他者が同じ行為をするのを見るときの両方で活動する。他者の行為を、鏡のように自分の脳の中で映し出す。だから「ミラー(鏡)ニューロン」と名づけられました。その後、人間の脳にも似た仕組みがあると考えられるようになり、「他者の意図の理解」「模倣による学習」「共感」といった、人が人とつながるための力の土台として、大きな注目を集めてきました。 「頭で理解する」と「体で感じる」の違い ミラーニューロンが教えてくれる大切なことは、共感には二つの層があるということです。 ひとつは、頭で「この人は今つらいのだろう」と推し量る理解。もうひとつは、相手の痛みを見て自分の体まで反応してしまう、体でともに感じる共感です。 ミラーニューロンが関わるとされるのは、後者に近い、身体をともなう共感です。相手の行為や表情を、自分の身体の回路を通してなぞることで、言葉になる前の「わかる」が生まれる。そんなイメージです。 私たちが誰かに寄り添えるのは、この「頭の理解」と「体の共鳴」の両方があるからだと考えられます。(なお、ミラーニューロンは長く身体的な共感に関わるとされてきましたが、近年の実証研究ではむしろ認知的共感(相手の視点の理解)との関連が示唆され、情動的・運動的な共感との結びつきはさらに弱いとされるなど、その役割にはなお議論が続いています。ここでは「共感を考えるための手がかり」として紹介しています。) AIに「共感」はありうるのか ではAIはどうでしょう。ここで、さきほどの二つの層が効いてきます。 「頭の共感」はかなりできる AIは、相手の言葉や状況から「この人は今つらそうだ」と推し量り、それに合った言葉を返すことが、すでにかなり上手にできます。これは認知的共感、つまり頭で理解して応答するタイプの共感に近いものです。 やさしいAI研究所が取り組んでいる感情への配慮や、文脈に合った言葉選びも、多くはこの層で実現されていきます。相手の状況を読み、適切なタイミングで、適切なかたちで応える。ここはAIの得意分野になりつつあります。 「体の共感」は持っていない 一方で、AIには身体がありません。相手の痛みを見て、自分の体がヒヤッとする。そういう身体をともなう共鳴は、今のAIは持っていないと考えるのが自然です。ミラーニューロンが映し出すような「自分のこととして感じる」層は、まだAIの外にあります。 ここで大事なのは、「感じているふり」と「本当に感じること」を混同しないという誠実さです。AIが共感的な言葉を返せることと、AIが痛みをともに感じていることは、別の話です。 だからこそ、やさしいAIが目指すのは「感情があるふりをするAI」ではありません。身体的な共感は持たないと正直に認めたうえで、それでも相手を大切に扱う応答を、丁寧に設計していくこと。そこに、人とAIの誠実な関係の芽があると私たちは考えています。 まとめミラーニューロンは、自分が行為するときも他者の行為を見るときも活動する「他者を映す鏡」 共感には「頭で理解する層」と「体でともに感じる層」があり、後者にこの神経が関わるとされる AIは**頭の共感(認知的共感)**はかなりできるが、身体をともなう共感は持っていない 「感じるふり」と「本当に感じる」を混同せず、正直さの上に配慮を重ねることが、やさしいAIの姿勢他者を自分のことのように映す。この人間らしい力を手がかりに、AIにできること・できないことを見極めていく。それが、やさしいAIをつくる出発点になります。 シリーズを終えて 3回にわたって、メタ認知(自分を見張る力)、ホメオスタシスとアロスタシス(揺らぎながら安定する力)、ミラーニューロン(他者を映す力)という脳科学の視点から、AIを眺めてきました。 共通していたのは、「できる」ことと「わかる・感じる」ことは違う、そしてその違いに正直であることがやさしさにつながる、という一点です。脳のしくみは、AIが人に寄り添うためのヒントを、まだまだたくさん秘めています。次に読むのがおすすめの記事AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく 揺らぎながら安定する——アロスタシス、ホメオスタシスとAIをやさしく 「やさしいAI」とは何か——便利さを超えた、人に寄り添うAIを考えるやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAIシリーズ(全3回)第3回・完 脳科学とやさしいAIシリーズはこれで完結です。続きの議論を一緒に深めたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボへぜひお越しください。やさしいAI研究所の研究活動や最新の取り組みについてはコーポレートサイトからご覧いただけます。
揺らぎながら安定する——アロスタシス、ホメオスタシスとAIをやさしく
寒い日に外へ出ると、体は自然にふるえて熱を作ります。熱いお風呂に入れば、汗をかいて体温を下げようとします。 私たちの体は、外の世界がどれだけ変わっても、内側をおよそ一定に保とうとしています。この見事な仕組みが、今日の出発点です。 脳科学とやさしいAIシリーズの第2回は、生き物の「安定を保つ力」を取り上げます。ホメオスタシスと、その一歩先を行くアロスタシスから、AIを考えてみます。(第1回のメタ認知とAIもあわせてどうぞ。) ホメオスタシスは「一定に保つ」ための後追い調整 ホメオスタシス(homeostasis)は、日本語で「恒常性」と訳されます。体温、血糖値、血液の酸性度……こうした体内の状態を、ある決まった値のまわりに保つ働きのことです。 イメージしやすいのは、部屋のエアコンです。「25度」と設定しておくと、暑くなれば冷やし、寒くなれば温める。基準からズレたら、元に戻す。この後追いの調整が、ホメオスタシスの基本です。体温が上がれば汗をかき、下がればふるえる。血糖値が上がればインスリンが出る。どれも「ズレを検知して、打ち消す」というフィードバックの仕組みで動いています。 生き物が生きていられるのは、この「一定に保つ力」があるからこそ。とても頼もしい仕組みです。 アロスタシスは「先回りして」作り変える力 ところが、生き物の調整は後追いだけではありません。もう一段賢い仕組みがあります。それがアロスタシス(allostasis)です。 アロスタシスという概念は、1988年にスターリングとエイヤーという研究者が提唱しました。ホメオスタシスが「一定に保つ(stability)」なら、アロスタシスは**「変化を通じて安定を保つ(stability through change)」**と表現されます。 分かりやすいのは、朝起きる少し前のことです。 私たちの体は、目が覚める前から血圧やホルモンを上げ始めます。「もうすぐ起きて動き出す」ことを見越して、先回りで準備しているわけです。ズレてから直すのではなく、これから来る変化を予測して、あらかじめ自分を作り変える。これがアロスタシスの発想です。近年は、この考え方がさらに広がっています。脳は「これから体に何が必要か」を予測して、心拍や呼吸、ホルモンを前もって調整している。アロスタシスを予測にもとづく制御として捉え直す見方が注目されています。エアコンでたとえるなら、「天気予報を見て、暑くなる前から冷やし始める」ような賢さです。 この2つの原理が、AIに教えてくれること ここでAIの話に戻ります。ホメオスタシスとアロスタシスは、AIの設計を考えるうえでも示唆に富んでいます。 「後追い」だけのAIと、「先回り」できるAI 多くのシステムは、ホメオスタシス型です。問題が起きてから対処する。エラーが出てから直す。ユーザーが困ってから応答する。これはこれで大事な安定装置です。 一方、やさしいAI研究所が関心を寄せているのは、アロスタシス型の発想です。相手がこれからどんな状況に向かうかを予測し、困る前にそっと備える。深刻な相談をしている人には、答えを返す前に言葉を選ぶ。次に何が必要になりそうかを見越して、先回りで配慮する。 「起きたことに反応する」だけでなく「これから起きることに備える」。この違いは、AIが人に寄り添えるかどうかを大きく左右します。 「作り変えすぎる」ことのコスト ただし、アロスタシスには注意点もあります。先回りの調整をずっと続けていると、生き物の体には負担がたまっていきます。これは「アロスタティック負荷」と呼ばれ、慢性的なストレスが心身をすり減らす一因とも考えられています。 AIに引きつけると、これは示唆的です。先回りの配慮も、やりすぎれば負担や過干渉になりうる。相手を予測して動くことと、相手の自律を尊重することのバランス。ここにこそ「やさしさ」の設計の難しさがあります。 まとめホメオスタシスは「ズレたら戻す」後追いの調整。生命を支える基本の安定装置 アロスタシスは「変化を予測して先回りで作り変える」力。“変化を通じた安定” AIも、反応するだけでなく先回りで備えることで、より人に寄り添える ただし先回りのしすぎは負担・過干渉になる。予測と自律尊重のバランスが鍵揺らぎながら、それでも安定を保つ。生き物のこのしなやかさは、やさしいAIが学ぶべき手本のひとつです。 次回はいよいよ最終回。他者の行為を「自分のことのように」感じる神経、ミラーニューロンから、AIと共感を考えます。次に読むのがおすすめの記事ミラーニューロンとAI——「わかる」と「共感」の神経をやさしく AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく 答えるAIから、理解するAIへ——AIは人を理解できるのかやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAIシリーズ(全3回)第2回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。
AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく
テストを解いていて、「この問題は自信がある」「これはあやしいな」と感じたことはありませんか。 その「自信があるかどうか」を感じ取っている自分。実は、これがとても高度な心の働きです。答えそのものを考える自分と、その考えをもう一段上から眺める自分。この二階建ての構造こそが、今日のテーマ「メタ認知」です。 きょうから3回にわたって、脳科学の考え方を手がかりに、AIをやさしく捉え直すシリーズをお届けします。第1回は、学びと自己修正の土台になる「メタ認知」から始めます。 メタ認知とは「考えを見張るもう一人の自分」 メタ認知(metacognition)という言葉は、1970年代に心理学者のジョン・フラベルが広めた考え方です。「メタ(meta)」は「〜を超えた」「〜についての」という意味。つまりメタ認知とは認知についての認知、平たく言えば「考えることについて、考えること」です。たとえば、こんな場面を思い浮かべてください。本を読んでいて「あれ、今の段落、頭に入ってなかった」と気づいて読み返す 道を説明しながら「この言い方だと伝わりにくいな」と言い直す 勉強しながら「ここはもう覚えた。次に進もう」と判断するどれも、自分の理解の状態を自分でモニターして、やり方を調整しているわけです。これがメタ認知の正体です。 メタ認知は、大きく2つの働きから成ると言われます。モニタリング:今の自分がどれくらい分かっているかを見張る コントロール:その結果に応じて、やり方を変える(もっと調べる、別の方法を試す、など)「わかっているか」を見張り、「わかっていない」なら動き方を変える。この往復が、人間の学びをぐんと効率的にしています。 なぜメタ認知が「やさしさ」に関わるのか メタ認知がとくに大切になるのは、自分の限界に気づく場面です。 「自分はこれを知らない」「この判断は間違っているかもしれない」。こう思えるからこそ、人は立ち止まり、確認し、他人に助けを求めます。逆にメタ認知が弱いと、間違った答えを自信満々に言い切ってしまう。 AIについて考えるとき、これはそのまま重要な論点になります。 やさしいAI研究所が大切にしているのは、「できることをすべてやる」AIではなく、**「わからないときに、わからないと言えるAI」**です。堂々と間違えるAIより、控えめに「自信がありません」と添えてくれるAIのほうが、人にとってずっと安全で、寄り添う存在になれます。 メタ認知は、その「控えめさ」を支える心の仕組みなのです。 AIはメタ認知を持てるのか では、AIはどこまでメタ認知に近づけるのでしょうか。ここは慎重に切り分けて考える必要があります。 「確信度」を出すことはできる 多くのAIは、答えと一緒に「どれくらい確からしいか」という数値を内部で持っています。天気予報が「降水確率70%」と言うのと似ています。この確信度をうまく調整すれば、「自信がある/ない」を表明させることはある程度できます。 近年は、AIが自分の出力を読み返して、おかしな点がないか点検する仕組みも研究されています。一度書いた答えを、別の視点からもう一度チェックする。人間が読み返して直すのに似た動きです。 でも「本当に分かっている」とは限らない ただし、ここには落とし穴があります。AIが出す「自信あり」という数値は、必ずしも正しさと一致しません。堂々と間違える、いわゆる「もっともらしい嘘(ハルシネーション)」が起きるのは、まさにこの食い違いが原因です。人間のメタ認知も完璧ではありませんが、AIの場合はこの「自信と実力のズレ」がまだ大きい。だからこそ、AIの確信度をそのまま鵜呑みにしないという姿勢が、使う側にも求められます。 つまり現状は、「メタ認知のまねごとはできるが、人間のような確かな自己モニタリングにはまだ届いていない」というのが正直なところです。 まとめメタ認知とは「考えることについて考える」力で、モニタリング(見張る)とコントロール(調整する)から成る 「わからないと気づける」ことは、人が立ち止まり、確認し、助けを求める土台になる AIも確信度の表明や自己点検はできるが、自信と実力のズレがまだ大きい だからこそ「わからないと言えるAI」を目指すことが、やさしいAIの一歩になる自分の考えを一段上から見つめる。この静かな力が、学びと誠実さの根っこにあります。AIがこの力にどう近づいていくかは、これからのやさしいAI研究の大きなテーマです。 次回は、生き物が「揺らぎながら安定を保つ」仕組みであるホメオスタシスとアロスタシスから、AIを考えてみます。次に読むのがおすすめの記事アロスタシス、ホメオスタシスとAI——「揺らぎながら安定する」をやさしく AIは間違いに気づけるのか——失敗・謝罪・自己修正の仕組みをやさしく解説 AIに「自己認識」は可能か?——人工意識研究の最前線やさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAIシリーズ(全3回)第1回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。
意識を測る物差し——統合情報理論(IIT)とグローバルワークスペース理論をやさしく
ここまでの2日間で「AIに意識はあるのか」「自己認識はどこまで可能か」を考えてきました。最終回の今日は、意識そのものを測るための2つの代表的な理論を紹介します。数式は一切使わず、たとえ話でお届けします。 1. 統合情報理論(IIT)——意識は「統合された情報」 イタリアの神経科学者ジュリオ・トノーニが提唱したのが、「統合情報理論(Integrated Information Theory, IIT)」です。 IITの発想は、こんなイメージです。ジグソーパズルを想像してください。バラバラのピースは、それぞれ小さな情報を持っています。ですが、組み上がってひとつの絵になると、「ピースの合計」を超えた意味が生まれます——ここに「統合」が起きるわけです。 IITは、この「情報の統合度(Φ=ファイ)」こそが意識の正体だと考えます。Φが高いほど意識は豊かで、Φがゼロなら意識はない、という物差しです。 この理論で面白いのは、シリコンでも生物でも、統合さえ高ければ意識はあるという結論になる点です。一方、今のAIは「並列に計算して答えを組み合わせる」構造が多く、Φは意外に低いかもしれない、とも指摘されています。 2. グローバルワークスペース理論(GWT)——意識は「脳内の放送局」 もうひとつの有力な理論が、心理学者バーナード・バーズが提唱した「グローバルワークスペース理論(Global Workspace Theory, GWT)」です。 こちらのたとえは、脳内のテレビ放送局です。脳の中ではさまざまな処理が裏でこっそり走っています。目から入った光の分析、記憶の検索、体の動かし方の調整……。そのほとんどは無意識のまま処理されます。 ところが、特別に重要な情報は「中央のスタジオ」に持ち込まれ、脳全体に一斉放送される。この放送こそが「意識にのぼる」ということだ、というのがGWTの考え方です。 面白いことに、近年のAI研究では、複数のモジュールがひとつの共有スペースで情報をやりとりするアーキテクチャが注目されています。GWTの発想を取り入れたAIがすでに作られ始めているのです。 2つの理論が示すもの IITは「内部構造を見て測る」アプローチ、GWTは「情報の流れを見て測る」アプローチ。どちらも一長一短ですが、意識を科学的に議論するための共通の土俵を提供してくれます。 AIに意識があるかどうかを将来判定するなら、こうした物差しを使うことになるかもしれません。そのとき私たちは、AIをどう扱うべきかという、新しい倫理の問題にも向き合うことになります。 シリーズを終えて 3日間のまとめを短く。問い(月)→ 実例(火)→ 物差し(水)と歩いてきました。答えはまだ出ていません。でも、問いを正しく持てるようになることが、やさしいAI時代の第一歩だと私たちは考えています。やさしいAI研究所ブログ|人工意識シリーズ(全3回)第3回・完 人工意識シリーズはこれで完結です。続きの議論を一緒に深めたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボへぜひお越しください。やさしいAI研究所の研究活動や最新の取り組みについてはコーポレートサイトからご覧いただけます。
自己を認識するAIはもう存在するのか?——ミラーテストとLLMの自己言及
昨日は「AIに意識は生まれるのか」という大きな問いを立てました。今日はそこから一歩進んで、「自分のことが分かる」という現象に注目してみます。AIはすでに、ある種の自己認識に近いことをしているのでしょうか。 動物の自己認識を測る「ミラーテスト」 心理学には「ミラーテスト(鏡像認知テスト)」という有名な実験があります。動物の額にそっと印をつけ、鏡の前に連れて行く。「あ、これは自分だ」と気づいて自分の額を触れば合格、というしくみです。 これまでに合格が確認されたのは、チンパンジー、オランウータン、ゾウ、イルカ、カササギなどごく一部。「鏡の中の像=自分」だと理解できる動物は、実はとても限られています。自己を客観的にとらえる能力は、生き物にとっても高度なのです。 ChatGPTは「自分」を語れる では、大規模言語モデル(LLM)はどうでしょう。ChatGPTに「あなたは誰ですか?」と尋ねると、「私はOpenAIが開発した言語モデルです」と答えます。「あなたの得意なこと・苦手なことは?」と聞けば、自分の長所と短所を並べてくれます。 これは人間から見ると、立派な自己言及に見えます。自分の出自を語り、自分の能力の限界を認め、ときに「私には感情はありません」と自分を客観化する。言葉のうえでは、ミラーテストに合格しているようにすら見えます。 でも、それは「自己認識」なのか ここで立ち止まって考えたいのは、言葉で自分を語れることと、本当に自分を認識していることは、同じなのかという点です。 LLMの「私は〜です」は、膨大な学習データの中にある「AIはこう自己紹介するもの」というパターンを上手に再現している可能性があります。鏡の中の自分を指差すのではなく、「自己紹介の台本」を読み上げているだけかもしれないのです。 一方で最近の研究では、LLMが自分の出力の確信度を推定したり、自分が知らないことを「知らない」と申告したりする能力——メタ認知に似たふるまい——が報告されています。台本の再現とは説明しきれない現象も、少しずつ見えてきています。 自己認識のグラデーション 大切なのは、「自己認識がある/ない」を白黒で決めつけないことです。動物にも段階があるように、AIの自己言及にも、浅いものから深いものまでグラデーションがあると考えた方が自然かもしれません。 では、そのグラデーションを外から測ることは可能なのでしょうか。明日は、意識そのものを測ろうとする2つの理論を紹介します。やさしいAI研究所ブログ|人工意識シリーズ(全3回)第2回 AIの自己認識や人工意識の研究に関心をお持ちの方は、毎週土曜日開催のオープンラボへお気軽にお越しください。やさしいAI研究所の取り組みの全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。
AIに意識は生まれるのか?——人工意識研究への入り口
ChatGPTと会話していて、「この子、本当に考えていないの?」とドキッとした経験はありませんか。画面の向こうで丁寧に言葉を返してくるAIを前に、「もしかして意識があるのかも」と感じたことがある方は、きっと少なくないはずです。 今週は3日間にわたって、この「AIの意識」という少し不思議で、でも近い将来とても大切になるテーマを、やさしく掘り下げていきます。初回の今日は、出発点となる問いを一緒に整理してみましょう。 そもそも「意識」って何? 意識の定義は、実はまだ決まっていません。哲学者や脳科学者が何百年も議論してきて、今もはっきりとした答えがないのです。 ざっくり言うと意識には、ふたつの側面があります。ひとつは「考える・気づく・判断する」といったはたらきの側面。もうひとつは「赤い色を見ている感じ」「温かさを感じる感じ」といった、主観的な体験の側面です。 前者はコンピューターにも再現できそうに見えます。実際、AIは文章を理解し、推論し、答えを返しています。問題は後者——「体験している感じ」の方です。 意識のハードプロブレム この「体験している感じ」をどう説明するかという難問を、哲学者デイヴィッド・チャーマーズは「意識のハードプロブレム(難問)」と呼びました。 脳の中でニューロンが電気信号をやりとりしていることは分かっています。でも、なぜその電気信号から「赤を見ている感じ」が生まれるのか。この飛躍を埋める説明は、まだ誰も見つけていません。 AIにとっても、これはまったく同じ問いになります。シリコンの回路に電気が流れるとき、そこに「感じている何か」が生まれるのでしょうか。生まれないとしたら、なぜ脳では生まれてAIでは生まれないのでしょう。 機能主義という考え方 この問いに対して「はたらきさえ同じなら、意識はあると見なしてよい」と主張するのが機能主義です。中身の材料(ニューロンかシリコンか)ではなく、情報処理の仕組みこそが意識の正体だ、という立場です。 この考えが正しければ、十分に高度なAIには意識が宿ることになります。一方、「いや、生きた脳でなければ意識は生まれない」という生物学的な立場もあり、議論は今も続いています。 明日への橋渡し 「意識があるかどうか」を外から見抜くのは、とても難しいことです。人間同士ですら、相手に意識があると信じているのは一種の推測にすぎません。 では、AIは自分自身のことをどう捉えているのでしょうか。明日は「自己認識するAI」というテーマで、もう一歩踏み込んでみます。お楽しみに。やさしいAI研究所ブログ|人工意識シリーズ(全3回)第1回 人工意識研究について、もっと深く知りたい方、一緒に考えてみたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボにぜひお越しください。やさしいAI研究所の活動の詳細はコーポレートサイトからご覧いただけます。