「わかってもらえた」が組織を強くする|心理的安全性と共感の伝え方

「わかってもらえた」が組織を強くする|心理的安全性と共感の伝え方

会議で、言いかけてやめたことはありませんか。的外れかもしれない、いま言うと話が長くなる、たぶん自分が分かっていないだけだ。そう考えているうちに議題が進み、結局その疑問は口から出ないままになる。

あとから振り返ると、あれは案外まっとうな疑問だった。そういう場面が積み重なるチームと、そうでないチームがあります。

やさしいAI研究所の顧問である京都大学名誉教授・乾敏郎先生の講演資料をもとに、脳科学から見たウェルビーイングを3回に分けてお届けしています。最終回は、この話を職場に持ち込みます。

乾 敏郎さん

プロフィール

乾 敏郎さん

京都大学 名誉教授

専門分野は認知神経科学、認知科学、計算論的神経科学。京都大学大学院文学研究科教授、京都大学大学院情報学研究科教授を歴任。現在は京都大学名誉教授、金沢工業大学客員教授、児童発達支援・放課後等デイサービスUNICO学術顧問、やさしいAI研究所顧問を務める。20の学会賞を受賞。論文数446編(うち英語論文115編)のほか、著書・訳書など75冊を出版している。

第1回ではウェルビーイングを予測誤差の小ささとして捉え、第2回では非ゼロ和の関係が脳の脅威予測を下げることを見ました。

優秀な人を集めれば強いチームになる、は外れた

Googleが2012年に始めた「プロジェクト・アリストテレス」という社内研究があります。エンジニアリング115、営業65の約180チームを数年かけて調べ、何が高い成果を生むのかを探ったものです。

当初の仮説は素朴でした。優秀な人材を集めれば最強のチームになるはずだ、というものです。ところがデータはそれを支持しませんでした。個々のメンバーの能力や経歴の組み合わせからは、成果の差がうまく説明できなかった。

結論は、チームの成功は誰がいるかではなく、どう機能するかで決まる、というものでした。そして機能を左右する最大の要因として浮かび上がったのが、心理的安全性です。

心理的安全性は、気分ではなく共有された信念

この言葉を定義したのは、組織行動学者のエイミー・エドモンドソンです。1999年の論文で「対人的なリスクを取っても安全だと、チームのメンバーが共有している信念」と定めました。実務では、罰される不安なしに異論も未完成のアイデアも素朴な質問も口に出せる状態、という言い方で使われます。

3つの要素に分けると輪郭がはっきりします。失敗やミスや反論をしても責められる恐れがないこと。未完成のアイデアや素朴な疑問を歓迎する空気があること。そしてそれが個人の感覚ではなく、チーム全体の認識として定着していること。最後の点が肝心で、自分ひとりが安心しているだけでは心理的安全性とは呼びません。

心理的安全性を説明した講演スライド。罰される不安なく異論・未完成のアイデア・質問などを安心して発言できるという共有された信念、という定義と、罰される不安がない・発言を歓迎する空気・共有された信念という3つの要素が示されている。
乾先生の講演資料より

前2回の言葉に置き換えると、これは「ここでは何を言っても大丈夫」という予測が、全員のあいだで立っている状態です。予測が立たない職場では、発言のたびに脳が反応を先読みしてコストを払うことになります。会議で言いかけてやめるのは、慎重さというより、予測誤差の大きさに対する当然の反応です。

会議机を囲む動物たちのイメージ。手を挙げて言いかけのアイデアを話すハムスターに、他の動物たちがうなずいて耳を傾けている。心理的安全性の高いチームの様子を表している。

共感は、感じるだけでは機能しない

では、その予測はどうやって立つのか。前回、共感的な姿勢には相手を理解しようとする意図と、その理解を伝わる形で示す行為の両方が要ると書きました。後半がないと、相手の脳には何も届きません。

乾先生の講演資料は、職場で共感を届ける方法を3つ挙げています。

ひとつ目は感情のラベリングです。相手の気持ちを推測して、言葉にして返す。「それは悔しかったですね」「それは不安でしたよね」と声に出すと、相手は「わかってもらえた」と感じます。言語コミュニケーションの核心にあたる部分です。

ふたつ目は非言語です。うなずく、表情で反応する、身体を相手のほうへ向ける。あなたの話を聴いているというメッセージは、表情や動作や声のトーンから伝わります。言葉より雄弁な場面のほうが多いくらいです。

三つ目はミラーリングで、相手の仕草をさりげなく模倣する技法です。髪に触れる、足を組むといった動作を、気づかれない程度に合わせる。多くの実験で有効性が確認されていますが、気づかれないことが絶対条件になります。真似だと分かった瞬間に、効果は逆に振れます。

黒猫が肩を落としたうさぎの話を聴いているイメージ。うなずき、体を相手のほうへ向け、「それは悔しかったね」という吹き出しを返している。共感が伝わる形を表している。

落ち着いている人は、周囲の脳のコストを下げている

ここでウェルビーイングの話が組織の話につながります。

自分の身体や感情の状態が安定していて、環境とのズレをうまく調整できている人は、周囲にとって読みやすい存在になります。感情の起伏が予測できる。行動に一貫性がある。反応の幅が狭く、怒鳴ったり急に攻撃したりしない。乾先生は、そういう人は周りの脳にとって環境のノイズが低い状態をつくると表現します。

ノイズが低い相手の前では、人はこう感じます。この人の前なら、失敗しても大丈夫だ。心理的安全性は、制度やルールより先に、まずこの手触りから生まれます。そこから意見が出やすくなり、ミスが早く共有され、探索的な行動が増えて創造性が上がっていく。

「ウェルビーイングの高い人が周囲の予測誤差を減らす存在になる」と題した講演スライド。個人レベルの特性として感情的に安定・行動の一貫性・安全な反応が、チーム組織レベルへの影響として心理的安全性が高まる・信頼性が上がり協働行動が増える・創造性が高まるが挙げられている。
乾先生の講演資料より

逆の場合も、同じ理屈で説明できます。感情や行動の振れ幅が大きいと、周囲は次にどう反応されるか読めなくなる。ネガティブな解釈が伝染し、意図が読めないぶん共同作業のタイミングも合いにくくなる。ただしこれは、誰かを不安定だと名指しするための道具ではありません。その人のウェルビーイングが下がっていること自体が、チームが受け取るべき最初のサインだと考えるほうが役に立ちます。責める対象ではなく、支える対象として扱う。

「最近どうですか」では、たどり着けない

最後に、明日から変えられることをひとつ。

「最近どうですか?」と聞くと、たいてい「ぼちぼちです」が返ってきます。何を答えればいいのか分からない質問だからです。代わりに、乾先生が講演の締めくくりに置いていたのはこちらでした。

「最近、どんなことを感じていますか?」

聞いているのは状況ではなく、感情です。この職場では自分の感情は否定される、と脳が予測している状態ではストレス反応が起きます。ここでは気持ちを話しても大丈夫だと感じられれば、予測が安定し、人は本来の力を出せるようになる。

合理だけでは人は動きません。感情に寄り添うことは、やさしさという以前に、安心の土台をつくる技術です。人は「わかってもらえた」と感じてから、ようやく動けるようになります。

まとめ

  • Googleが約180チームを調べたプロジェクト・アリストテレスの結論は、チームの成功は誰がいるかではなくどう機能するかで決まり、最大の要因は心理的安全性だというものだった
  • 心理的安全性は「ここでは何を言っても大丈夫」という予測がチーム全体で共有されている状態。共感は感じるだけでは届かず、感情のラベリング・非言語・ミラーリングという形で伝えて初めて機能する
  • 状態が安定している人は周囲にとってノイズの低い環境になり、他者の予測誤差とストレスを下げる。ウェルビーイングは個人の問題ではなく、チームの資源として働く

3回を通して見えてきたのは、ウェルビーイングが気分の話ではなく、予測という一本の線でつながっているということでした。自分の身体を先回りして整えること、他者との関係を非ゼロ和に保つこと、そして相手にとって読みやすい存在でいること。どれも、誰かの脳の負担を下げる働きをしています。

共創するウェルビーイングという言葉は、たぶんそういう意味です。安心は一人でつくるものではなく、互いの予測をすり合わせながら育てていくものだと思います。


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やさしいAI研究所ブログ|共創するウェルビーイング シリーズ(全3回)第3回・完

本記事は、やさしいAI研究所顧問・乾敏郎先生(京都大学名誉教授)の講演資料をもとに編集部が構成したものです。シリーズはこれで完結です。続きの議論を一緒に深めたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボへぜひお越しください。やさしいAI研究所の研究活動や最新の取り組みについてはコーポレートサイトからご覧いただけます。

アイキャッチ・図版は、特記のない限りAIで生成した画像を画像編集ソフトで加工して制作しています。人物・イベントの写真は実際に撮影したものです。