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子どもは1億語、AIは15兆語|ことばの学び方の違いをやさしく

子どもは1億語、AIは15兆語|ことばの学び方の違いをやさしく

1歳半をすぎたころ、子どもに不思議なことが起きます。それまでぽつり、ぽつりと増えていた単語が、ある時期を境にせきを切ったように増えはじめる。きのう覚えた「わんわん」が、きょうは「おおきい わんわん」になっている。研究者が「語彙爆発」と呼ぶ時期です。 だれも文法書を渡していません。発音記号も教えていません。それなのに、数年もすれば立派におしゃべりが成立する。当たり前すぎて見過ごしがちですが、これはとんでもないことです。 脳科学とやさしいAI第3弾シリーズの最終回は、この「ことばの学び」がテーマです。桁違いのデータで学ぶAIと並べたとき、人の学びの何がすごいのかが見えてきます。 子どもは、驚くほど少ない材料で話せるようになる 子どもが耳にすることばの量は、研究によって幅はあるものの、1年でおよそ200万〜700万語ほどと見積もられています。積み上げても、13歳までに触れる語はせいぜい1億語程度。しかもその多くは聞き流しで、教科書のように整った文ばかりでもありません。 それだけの材料で、子どもは発音を聞き分け、単語を切り出し、文法の規則を自分で見つけ出します。「おいしくない」から規則を推理して「好きくない」「きれいくない」と言ってしまうあの間違いは、丸暗記ではなく規則を自分で組み立てている証拠です。教わっていない規則を、聞いたことばから発明しているのです。 なぜこんな効率のよい学びができるのか。ヒントは、子どもの学びがことばだけで完結していないことにあります。「りんご」という音は、赤くて、つるつるして、甘い匂いのするあの物体と一緒にやってきます。養育者と同じものを見つめる「共同注意」の時間に、ことばと世界が結びついていく。身体で世界に触れながら、意味の裏付けを取り続けているのです。AIは15兆語で学ぶ。それでも子どもに届かないもの 一方、いまの大規模言語モデル(LLM)はどうか。たとえばMeta社が2024年に公開したLlama 3は、15兆トークンを超えるテキストで訓練されたと公表されています(トークンは、おおむね単語に近い単位です)。人間の一生分どころか、1億語の15万倍。毎日1,000万語を浴び続けても4,000年かかる量です。 この差に注目した研究者たちが2023年に始めたのが「BabyLM Challenge」という国際コンペです。使ってよい学習データを、子どもが触れる量に合わせて1億語以下に制限し、その範囲でどれだけ賢い言語モデルを作れるかを競います。データを増やせば性能が上がることはもう分かった、では人間の子ども並みの効率に近づけるか、という問いの立て方が面白いところです。 結果はどうか。工夫次第で小さなデータでも思った以上に学べることが示される一方、人間の子どもの効率には遠く及ばない、というのが現在地です。この事実は、逆向きの光を当ててくれます。つまり、すごいのはデータをたくさん読んだAIではなく、1億語で話せるようになる子どものほうなのです。効率の差が教えてくれること なぜこれほど差がつくのか、決定版の答えはまだありません。生まれつきことばに向いた仕組みが脳にあるという見方も、身体と対話が決定的だという見方もあります。ただ、子どもの学びに必ずついてくるものを挙げることはできます。世界に触れる身体、応えてくれる相手、そして「伝えたい」という動機です。 子どもは語彙を増やすために話すのではありません。抱っこしてほしくて、見つけたものを知らせたくて声を出し、それが届いた喜びが次のことばを連れてきます。学びの燃料が、データではなく関係の中にある。ここが、テキストだけを大量に読む学びとの一番深い違いだと私たちは考えています。 だからAIとの付き合いでも、順番を間違えないことが大切になります。AIは、たくさん読んだ分だけ、ことばの形を整えるのが得意です。その力は借りればいい。けれど、ことばに意味と重さを与えるのは、世界に触れてきた人の経験のほうです。子どもの学びが教えてくれるこの順番は、AIがどれだけ賢くなっても変わらないはずです。 まとめ子どもが13歳までに触れることばはせいぜい1億語ほど。それでも身体と対話を通じて、規則を自分で見つけながら話せるようになる Llama 3は15兆トークン超で学ぶ。子ども並みの1億語に制限したBabyLM Challengeの挑戦は、人間の学びの効率が桁外れであることを裏づけた 子どもの学びの燃料は「伝えたい」という動機と、応えてくれる相手。ことばに意味を与えるのは経験であり、AIの力はその上で借りるのが順番シリーズを終えて 第3弾の3回では、錯視(予測する脳)、直感と熟考(2つの思考モード)、言語習得(学びの効率)という視点から、AIを眺めてきました。 3回に共通していたのは、脳の「足りなさ」が弱点ではなかったことです。不完全な入力だから予測で補い、処理しきれないから直感で近道し、1億語しか聞けないから身体と関係で学ぶ。制約こそが、人の知性のかたちを作っていました。潤沢なデータと計算で進むAIと、制約の中で磨かれた脳。両者は似てきたところほど、根っこの違いがよく見えます。 その違いに正直でいることが、AIに何を任せ、何を人の手に残すかを考える出発点になります。シリーズは今回で一区切りですが、脳とAIの話はこれからも折にふれて書いていきます。次に読むのがおすすめの記事同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?|予測する脳とAIのハルシネーションをやさしく バットとボールの問題、即答できますか?|直感と熟考、AIの「考えるモード」をやさしく ぼんやりしている時こそ、脳は働いている|デフォルトモードネットワークとAIの「余白」をやさしくやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 第3弾シリーズ(全3回)第3回・完 第3弾シリーズはこれで完結です。続きの議論を一緒に深めたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボへぜひお越しください。やさしいAI研究所の研究活動や最新の取り組みについてはコーポレートサイトからご覧いただけます。

バットとボールの問題、即答できますか?|直感と熟考、AIの「考えるモード」をやさしく

バットとボールの問題、即答できますか?|直感と熟考、AIの「考えるモード」をやさしく

バットとボールは、合わせて1,100円。バットはボールより1,000円高い。では、ボールはいくらですか。 「100円」と答えたくなりませんでしたか。実はそれだと、バットが1,100円になって合計1,200円。正解はボール50円、バット1,050円です。落ち着いて考えれば分かるのに、頭の中に「100円」が先に浮かんでしまう。 脳科学とやさしいAI第3弾シリーズの第2回は、この「先に浮かぶ答え」の正体です。脳の2つの思考モードから、AIに最近そなわった「考えるモード」を眺めます。 脳には「速い思考」と「遅い思考」がある 冒頭の問題は、アメリカの行動経済学者シェーン・フレデリックが2005年に発表した「認知反射テスト」の1問目です。名門大学の学生でも大勢が「100円」型の誤答をしたことで知られています。 そしてこの現象を一般に広めたのが、2002年にノーベル経済学賞を受けた心理学者ダニエル・カーネマンです。著書『ファスト&スロー』(2011年)で、彼は人の思考を2つのモードに分けて説明しました。 システム1は、速い思考。 努力なしに自動で動きます。「2+2は?」に答えが浮かぶ、相手の声色から機嫌を察する、母語の文を理解する。止めようと思っても止められません。 システム2は、遅い思考。 注意と努力を要します。「17×24は?」を筆算する、確定申告の書類を確かめる、はじめての道を地図を見ながら歩く。使うと確実に疲れます。 バットとボールの問題では、システム1が「1,100と1,000だから、差の100だな」という、それらしい答えを瞬時に差し出します。システム2はそれを検算する係なのですが、この係がなかなかの面倒くさがりで、もっともらしい答えが来ると素通ししてしまう。あの誤答は、脳の分業体制がそのまま表に出た結果なのです。直感はサボりではない。ただし、系統的に間違う こう書くと、システム1が悪者に見えてしまいますが、それは違います。 直感は、過去の経験を圧縮した知恵です。ベテランの看護師が数値に表れる前に患者の異変を察知する。将棋の棋士が盤面を見た瞬間に有力な手を絞り込む。何万回という経験と答え合わせを重ねた分野では、直感は熟考より速く、しばしば正確です。そもそも、すべてをシステム2で処理していたら、朝の支度だけで日が暮れます。 問題は、直感の間違い方に偏りとクセがあることです。目立つものを過大評価する、最初に見た数字に引きずられる、自分に都合のよい情報だけ集める。こうした偏りは誰の脳にも同じ方向に働くので、本人は気づけません。 だから大事なのは、直感を捨てることではなく、ここぞという場面でシステム2を起動する習慣のほうです。人を評価するとき、大きな買い物をするとき、誰かを傷つけるかもしれない一言を送る前。ひと呼吸おいて検算する。この切り替えこそ、前回の錯視の話で書いた「自分の見え方を一歩引いて眺める」ことの、思考版だと言えます。 AIにも「即答」と「じっくり」ができた さて、AIです。実は少し前まで、AIの答え方はシステム1に似ていました。どんな難問にも、学習したパターンから一瞬で「一番ありそうな答え」を返す。速いけれど、検算はしない。バットとボール問題のような、ひっかけに弱い時期が実際にありました。 「考える時間」を与えると賢くなる その様子を変えたのが、2024年ごろから各社が投入した「推論モデル」です。OpenAIのo1、Anthropic(Claude)の拡張思考のように、答えを出す前に途中の考え(思考の過程)を長く書き出させる仕組みが主流になりました。人間が計算用紙を使うのに似ていて、考える時間を長く与えるほど、数学や論理の難問の正答率が上がることが確かめられています。 即答するモードと、じっくり考えるモード。AIが2つのモードを使い分ける姿は、システム1とシステム2の分業に驚くほど似てきました。それでも残る違い ただ、似てきたからこそ、違いも見えてきます。人のシステム2起動は「あれ、何かおかしいぞ」という違和感、つまり自分の直感への疑いから始まります。いまのAIは、じっくり考えるかどうかを主に設定や質問の難しさで決めていて、「自分の答えが怪しい」という感覚から自発的に検算を始めるわけではありません。長く考えたのに自信満々に間違える、ということも起きます。 考える時間の長さは、考えの確かさを保証しない。これは人間にも耳の痛い話で、AIとの付き合いでも同じです。「じっくり考えたAIの答えだから正しい」ではなく、大事な判断ほど人の側のシステム2で受け止める。その役割分担が、当面の現実的な付き合い方だと考えています。 まとめ脳には自動で速いシステム1と、努力を要する遅いシステム2があり、即答の誤りは検算係の素通りから生まれる(バットとボール問題) 直感は経験を圧縮した知恵で、多くの場面で有能。ただし間違い方に系統的な偏りがあり、本人は気づけない AIも推論モデルの登場で「即答」と「じっくり」を使い分けるようになったが、自分の答えを疑う感覚からの検算はまだ人の側の仕事次回は最終回。生まれたばかりの子どもが、わずかな言葉からことばを身につけていく話です。桁違いのデータで学ぶAIと何が違うのか、「学び」の根っこを見にいきます。次に読むのがおすすめの記事同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?|予測する脳とAIのハルシネーションをやさしく AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく ひと晩寝たら解けた問題|睡眠と記憶、AIの学習と忘却をやさしくやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 第3弾シリーズ(全3回)第2回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。

同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?|予測する脳とAIのハルシネーションをやさしく

同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?|予測する脳とAIのハルシネーションをやさしく

2本の線が並んでいます。片方は矢羽根が外向き、もう片方は内向き。どう見ても下の線のほうが長い。ところが定規を当てると、2本はぴったり同じ長さです。 種明かしを聞いたあと、もう一度見てみてください。それでも、やっぱり違う長さに見えませんか。「同じだと知っているのに、同じに見えない」。この頑固さこそ、脳の面白いところです。 脳科学とやさしいAIシリーズ、続編シリーズに続く第3弾を、きょうから3回でお届けします。第1回のテーマは「錯視」。目の錯覚から見えてくる「予測する脳」の姿と、AIのハルシネーションとの意外な関係を見ていきます。 脳は世界を「見て」いない、「予測して」いる 冒頭の図は「ミュラー・リヤー錯視」と呼ばれます。ドイツの学者フランツ・ミュラー・リヤーが1889年に発表した、100年以上研究され続けている定番の錯視です。 なぜ知識で分かっていても騙され続けるのか。その答えのヒントになるのが、目から入る情報の性質です。網膜に届くのは、上下逆さまで、ぶれていて、中心以外はぼやけた二次元の光にすぎません。私たちが「見ている」と感じる安定したカラーの世界は、この不完全な材料から脳が組み立てた、いわば完成予想図です。この組み立てを説明する有力な考え方が「予測符号化(predictive coding)」です。1999年にラジェッシュ・ラオとダナ・バラードが発表したモデルがよく知られています。脳は入ってくる情報をゼロから処理するのではなく、先に「たぶんこう見えるはず」という予測を立て、実際の入力とのズレだけを拾って修正している、という考え方です。 こうすると錯視の頑固さにも説明がつきます。よく知られた説では、矢羽根のような奥行きの手がかりを見ると、脳は長年の経験から「この形はきっと遠くにある、なら実際はもっと長いはず」と自動で補正をかける。なぜこの錯視が起きるかには他の説もありますが、補正が意識より深い場所で走っている点は共通しています。だから「同じ長さだ」と知識で知っていても止められません。錯視は脳の故障ではなく、普段は世界を素早く正しく見るための予測が、たまたま裏目に出た瞬間なのです。 「思い込み」もまた、予測のズレ 予測する脳は、ものの見え方だけの話ではありません。人の言葉や表情を受け取るときも、私たちは予測を使っています。 たとえば、同僚からの「了解です」という短い返事。急いでいるだけかもしれないのに、前日にすれ違いがあった相手だと「怒っているのかも」と読んでしまう。相手の実際の気持ちではなく、自分の予測のほうを見ている瞬間です。 思い込みやすれ違いの多くは、この予測が外れているのに、外れたことに気づけないまま進んでしまうことから起きます。錯視と同じで、本人には「そう見えている」ので、疑うきっかけがありません。だからこそ、「自分はいま、予測込みで見ているのだ」と知っておくことに意味があります。自分の見え方を一歩引いて眺められる人は、相手の見え方が違うことにも気づきやすい。予測する脳を知ることは、やさしさの足場になると私たちは考えています。 AIのハルシネーションは「AIの錯視」なのか ここでAIの話です。AIが事実ではないことを、もっともらしい顔で答えてしまう現象は「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれます。存在しない論文をすらすら紹介する、あの現象です。 似ているのは「もっともらしく埋める」こと 錯視とハルシネーションには、確かに似た構造があります。脳は不完全な入力を経験からの予測で補い、「一番ありそうな世界」を見せる。言葉を予測するAIも、学習した膨大なパターンから「一番ありそうな続き」を出力します。どちらも、足りない部分をそれらしく埋める仕組みが、本来の力の源であると同時に、間違いの源にもなっている。ここは本当によく似ています。違うのは「答え合わせの相手」 ただし、大きな違いがあります。脳の予測には、身体と世界という答え合わせの相手がいることです。 コップの位置を見誤れば手が空を切り、その瞬間に予測は修正されます。人の表情を読み違えれば、気まずい沈黙が返ってきて、次からの予測が変わります。予測して、外れて、直す。このループを、私たちは生まれてからずっと回し続けています。 いまのAIには、この意味での身体がありません。文章を出力しても、その内容が現実の壁にぶつかって痛い思いをするわけではない。検索で裏を取る仕組みや、間違いを指摘されて学ぶ仕組みは整いつつありますが、世界との絶え間ない答え合わせが学びの土台になっている脳とは、まだ隔たりがあります。だからAIの出力は、どれだけ流ちょうでも「予測のままの完成予想図」でありえます。読み手の側が定規を当てる、つまり出典や事実を確かめる余地を残しておくことが大事になります。 まとめ脳は網膜に届く不完全な情報を予測で補い、「一番ありそうな世界」を見せている。錯視はその予測が裏目に出た瞬間で、知識では止められない 人間関係の思い込みやすれ違いも予測のズレから起きる。「予測込みで見ている」と知ることが、相手の見え方を想像するやさしさにつながる AIのハルシネーションは「もっともらしく埋める」点で錯視と似ているが、身体と世界による答え合わせを持たない点が違う。だから確かめる余地を人の側に残しておく次回は、見たものを受け取ったあとの「考える」の話です。つい即答してしまう直感と、じっくり考える熟考。脳の2つの思考モードから、AIの「考えるモード」を眺めます。次に読むのがおすすめの記事うるさい店内で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?|注意とAIのアテンションをやさしく AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく AIは間違いに気づけるのか——失敗・謝罪・自己修正の仕組みやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 第3弾シリーズ(全3回)第1回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。

ぼんやりしている時こそ、脳は働いている|デフォルトモードネットワークとAIの「余白」をやさしく

ぼんやりしている時こそ、脳は働いている|デフォルトモードネットワークとAIの「余白」をやさしく

シャワーを浴びているとき、散歩の途中、電車の窓の外をながめているとき。特に何も考えていないつもりなのに、ふと良いアイデアが浮かんだり、しばらく連絡していない友人の顔が思い浮かんだりする。 集中して机に向かっていたときには出てこなかったものが、力を抜いた瞬間にやってくる。この「ぼんやり」の時間に、脳の中では意外なことが起きています。 脳科学とやさしいAI続編シリーズの最終回は、そんな余白の時間を支える「デフォルトモードネットワーク」から、AIに創造性や余白はありうるのかを考えます。 何もしていない脳は、休んでいない 2001年、アメリカの神経科学者マーカス・レイクルは、脳の画像を撮る実験を重ねるうちに、奇妙なことに気づきました。人が課題に取りかかると活発になる領域がある一方で、課題をやめて何もしなくなった途端に、むしろ活動が上がる領域があったのです。 彼はこれを脳の「デフォルトモード(初期状態)」と名づけました。のちにこの領域どうしが連携して働くネットワークだと分かり、デフォルトモードネットワーク(DMN)と呼ばれるようになります。驚くのは、その燃費です。脳は体重のわずかな割合しかないのに、体全体のエネルギーのうち大きな取り分を使います。そしてそのかなりの部分が、何か特定の作業をしていない「安静時」に使われている。ぼんやりは、脳にとってサボりではなく、しっかり電気を食う仕事なのです。 このDMNは、過去の出来事を思い返したり、まだ来ぬ未来を想像したり、自分自身について考えたりするときによく働くとされます。目の前の課題から離れて、心が自由に動きまわる時間。ひらめきや内省が、ここから生まれると考えられています。 「余白」が、人の心を人らしくする ここで立ち止まって考えたいのは、この余白がなぜ大切なのか、ということです。 DMNが担うのは、いま目の前で役に立つ計算ではありません。過去を振り返って意味づけをしたり、「あの人は今どうしているだろう」と思いをはせたり。すぐ答えの出ないことを、あてもなく巡らせる働きです。 けれど、この一見むだに見える時間から、その人らしい発想や、他者への想像力が育ちます。効率だけを追えば真っ先に削られそうな余白こそ、人を人らしくしている。やさしさや創造性の土壌は、この余白に根を張っているように思います。 AIに「余白」はあるのか では、AIはどうでしょう。 いまのAIは、問いを受け取ってはじめて動きます。プロンプトを入れれば猛烈な速さで答えを返しますが、問いがない静かな時間に、自分から何かを思い巡らせているわけではありません。ぼんやりする脳のように、手を止めた瞬間に内側で勝手に何かが立ち上がる、ということは基本的に起きない。 もちろん、AIが新しい組み合わせを生み出す力は本物です。膨大な文章や画像を学び、それらを混ぜ合わせて、人が思いつかない案を返すこともできます。その意味で「創造的」に見える瞬間は確かにあります。ただ、それは問いに応えて生まれる創造であって、誰にも呼ばれないまま心が勝手にさまよう、あの余白から来るものではありません。「あの出来事は何だったのだろう」と、自分のために時間をかけて考える。そういう内側からの動機を、いまのAIは持っていないのです。 だからこそ私たちは、AIに人間そっくりの「心の余白」があるふりをさせるより、AIには余白がないと正直に認めたうえで、人間の余白を守り、育てる側にAIを置くほうが誠実だと考えています。急かさず、考える時間を奪わず、ときには「少し寝かせてみては」と促す。人のぼんやりを尊重するAIのほうが、ずっとやさしい。 まとめ脳は何もしていない安静時にこそ活発に働く領域(デフォルトモードネットワーク)を持ち、内省やひらめきを支えている すぐ役に立たない「余白」の時間が、その人らしい発想や他者への想像力を育てる 今のAIは問いに応じて動き、自発的にさまよう余白は持たない。だからこそ人の余白を守り育てる側に置くのが誠実シリーズを終えて 続編の3回では、注意(選んで捨てる力)、睡眠(記憶を整理する時間)、デフォルトモードネットワーク(何もしない時間の働き)という視点から、AIを眺めてきました。 最初のシリーズから通して見えてきたのは、やはり同じ一点です。AIは「できる」ことをどんどん増やしていく。けれど「わかる」「感じる」「勝手に思い巡らせる」といった、人の内側から立ち上がる働きは、まだAIの外にあります。その違いに正直でいることが、人とAIの信頼を支えます。 脳のしくみは、AIに何を任せ、何を人の手に残すべきかを考えるための、静かな道しるべになってくれます。次にぼんやりする時間があったら、それは脳が働いている証拠だと思って、どうか大事にしてください。次に読むのがおすすめの記事うるさい店内で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?|注意とAIのアテンションをやさしく ひと晩寝たら解けた問題|睡眠と記憶、AIの学習と忘却をやさしく 他人のあくびがうつるのはなぜ?——ミラーニューロンとAIをやさしくやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 続編シリーズ(全3回)第3回・完 続編シリーズはこれで完結です。続きの議論を一緒に深めたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボへぜひお越しください。やさしいAI研究所の研究活動や最新の取り組みについてはコーポレートサイトからご覧いただけます。

ひと晩寝たら解けた問題|睡眠と記憶、AIの学習と忘却をやさしく

ひと晩寝たら解けた問題|睡眠と記憶、AIの学習と忘却をやさしく

夜遅くまで粘っても解けなかった問題が、ひと晩ぐっすり眠った翌朝、机に向かった瞬間にすっとほどける。試験勉強でも、仕事の企画でも、こんな経験をした人は多いはずです。 寝ている間、意識のほうは休んでいます。それなのに、朝になると昨日より頭が整理されている。このあいだに、脳の中では何が起きているのでしょう。 脳科学とやさしいAI続編シリーズの第2回は、睡眠と記憶の関係から、AIの「学習」と「忘れること」を考えます。 眠りは、記憶を整理する時間 かつて睡眠は、ただ体を休めるだけの受け身の時間だと思われていました。いまはむしろ逆で、眠っている間こそ脳は活発に記憶の後片づけをしていると考えられています。 その主役の一つが、深い眠り(ノンレム睡眠)のあいだに起きる「リプレイ」です。日中に何かを経験すると、海馬という部位でその出来事のパターンが刻まれます。そして深い眠りの中で、脳はそのパターンを高速で再生し、大脳皮質の側へ少しずつ書き写していきます。一日の出来事をすべて同じ濃さで残していたら、頭はすぐにいっぱいになってしまいます。だから脳は、大事なものを選んで長期の棚へ移し、いらないものは薄れるにまかせる。眠りは、その選別と引っ越しの作業をまとめて進める時間です。 種類によって役割の違いもあるようです。深い眠りは「昨日どこで何があったか」のような言葉にできる記憶の定着に、レム睡眠は体で覚える手続きの記憶に効きやすいと報告されています。徹夜明けに頭がぼんやりするのは、この整理の時間をまるごと飛ばしてしまうからだと考えると、腑に落ちます。 AIはどう学び、どこでつまずくのか ではAIの場合はどうか。AIの「学習」は、大量のデータを見ながら内部のつまみ(パラメータ)を少しずつ調整していく作業です。人が寝ている間に記憶を棚へ移すのとは、だいぶ違うやり方です。 新しく覚えると、前を忘れてしまうことがある ここで、AI特有のやっかいな現象が出てきます。**破滅的忘却(catastrophic forgetting)**と呼ばれるものです。 すでに覚えたことがあるAIに、新しい課題だけを集中的に学ばせると、前にできていたことがごっそり抜け落ちてしまう。人間でいえば、フランス語を覚えた途端に母国語をきれいさっぱり忘れる、というと大げさですが、方向としてはそれに近い現象が起きます。人の脳が破滅的に忘れにくいのは、海馬でいったん素早く覚えたことを、睡眠を通じて時間をかけて皮質へなじませる、という二段構えを持っているからだと考えられています。新しいことを覚えつつ、古いことも守る。この折り合いのつけ方が巧みなのです。 だからAIにも「思い出しながら学ぶ」工夫がいる 面白いのは、AIの研究でも似た発想が使われている点です。新しいことだけを詰め込ませるのではなく、過去に学んだ例をときどき混ぜて復習させながら覚えさせる。眠っている脳がリプレイで昔を再生するのに、どこか通じる工夫です。 もっとも、これで人間の睡眠と同じことができているわけではありません。AIには、自分でひと晩かけて記憶を選び直す時間も、目覚めて「すっきりした」と感じる感覚もない。似た課題に、違うやり方で挑んでいるというのが正直なところです。 まとめ眠りは受け身の休息ではなく、記憶を選び、整理し、長期の棚へ移す積極的な時間(深い眠りのリプレイ) AIは新しいことだけを学ぶと過去を失いやすい(破滅的忘却)。人の脳は海馬と睡眠の二段構えでこれを避けている AIも過去を復習させる工夫で忘却をやわらげるが、人の睡眠と同じ仕組みを持つわけではない覚えることと忘れることは、裏表です。何を残し、何を手放すかを上手に決められることが、人の記憶をしなやかにしています。AIに「賢く忘れる」力をどう持たせるかは、これからのやさしいAIにとって地味だけれど大切な宿題だと考えています。 次回は、そうして整理された頭が「ぼんやり」しているときの話。デフォルトモードネットワークから、AIに余白や創造性はありうるのかを考えて、このシリーズを閉じます。次に読むのがおすすめの記事うるさい店内で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?|注意とAIのアテンションをやさしく AIは間違いに気づけるのか——失敗・謝罪・自己修正の仕組みをやさしく解説 揺らぎながら安定する——アロスタシス、ホメオスタシスとAIをやさしくやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 続編シリーズ(全3回)第2回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。

うるさい店内で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?|注意とAIのアテンションをやさしく

うるさい店内で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?|注意とAIのアテンションをやさしく

カフェで友だちと話していると、まわりの話し声はいつのまにか気にならなくなります。ところが、少し離れた席で誰かが自分の名前を口にすると、その一言だけがふっと耳に飛び込んでくる。 さっきまで背景に沈んでいた音が、急に前に出てくる。この不思議な体験には、脳の「注意」という働きが深く関わっています。 先月お届けした脳科学とやさしいAIシリーズ(全3回)の続編を、きょうから3回でお届けします。第1回のテーマは「注意」。名前がそっくりなAIの「アテンション」と、どこが同じで、どこが違うのかを見ていきます。 脳の注意は「選んで、捨てる」力 この現象を最初にきちんと調べたのは、イギリスの認知科学者コリン・チェリーです。1953年、彼は左右の耳に別々の音声を同時に流し、片方だけを声に出して復唱してもらう実験をしました。 すると人は、注意を向けた側の内容はしっかり追えるのに、もう一方については「男性か女性か」といった音の質しか覚えていませんでした。意味のほうは、ほとんど素通りしていたのです。 にぎやかな場所でも狙った相手の声を聞き分けられるこの現象は、のちに「カクテルパーティー効果」と呼ばれるようになりました。ここから分かるのは、注意とは「よく見る・よく聞く」だけの力ではない、ということです。むしろ本質は逆で、大量に入ってくる情報の大半を捨て、ごく一部にだけ資源を回す。脳が一度に扱える量には限りがあるからこそ、どこに集中し、何を切るかを選んでいます。 見ているようで、見ていない。聞いているようで、聞いていない。私たちの意識にのぼるのは、脳が「これは大事」と選び抜いたあとの、薄いひとすくいなのです。 なぜ注意が「やさしさ」に関わるのか 注意が選択と切り捨ての力だとすると、そこには自然と「何を大事にするか」という価値の問題がついてきます。 たとえば、悩みを打ち明けられたとき。相手の言葉の情報量そのものは多くても、本当に受け止めるべきは、声が少し詰まったあの一言だったりします。全部を平らに聞くのではなく、大事なところに注意を寄せる。人が人に寄り添えるのは、この重みづけができるからです。 やさしいAI研究所が考える「寄り添う」も、根っこはここにあります。相手のすべてを同じ強さで処理するのではなく、いま何に注意を向けるべきかを見きわめること。注意は、思いやりの入り口でもあります。 AIの「アテンション」は、脳の注意と同じ? ここで話がおもしろくなります。いまのAIの中心にある技術は「Transformer(トランスフォーマー)」と呼ばれ、その心臓部の仕組みの名前が、まさに**アテンション(attention=注意)**です。名前が同じなのは偶然ではありません。 似ているのは「重みづけ」 Transformerのアテンションは、文章の中のどの言葉が、いま処理している言葉と強く関係するかを計算し、関係が深いものほど大きく扱います。「それ」が何を指すかを判断するとき、前に出てきた名詞に重みを寄せる、といった具合です。 たくさんの入力の中から関係の深いものに重みを置く。この一点だけを見れば、脳が大事な音を前に出すのと、確かに発想は似ています。違うのは「捨てる勇気」と「身体」 ただ、中身はかなり違います。脳の注意は資源が足りないから捨てるのに対し、AIのアテンションは基本的に入力すべてに一度目を通したうえで重みを配ります。人のように「そもそも視界に入れない」わけではありません。 そして何より、AIには「これを大事にしたい」という意図や、名前を呼ばれてハッとする身体がありません。重みの計算は精密でも、その重みが誰かの痛みに向くかどうかまでは、仕組みそのものは決めてくれない。何に注意を向けるべきかという価値の部分は、まだ人の側にあるのです。 まとめ脳の注意は「よく見る力」ではなく、大量の情報を捨てて一部に集中する「選ぶ力」(カクテルパーティー効果) 何に注意を向けるかは、そのまま「何を大事にするか」という価値の問題につながる AIのアテンションは強力な重みづけの仕組みだが、意図や身体を持たず、価値判断そのものは人に委ねられている似ているのは計算のかたち、違うのは「何を大切にするか」の選び方。やさしいAIをつくるうえで私たちが手放してはいけないのは、まさにこの後半だと考えています。AIの精密な重みづけに、人の価値観をどう重ねるか。そこが腕の見せどころになります。 次回は、その注意で受け取ったことが、眠っている間にどう整理されるのか。睡眠と記憶の話から、AIの学習と忘却を考えます。次に読むのがおすすめの記事AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく 他人のあくびがうつるのはなぜ?——ミラーニューロンとAIをやさしく 「やさしいAI」とは何か——便利さを超えた、人に寄り添うAIを考えるやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 続編シリーズ(全3回)第1回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。

他人のあくびがうつるのはなぜ?——ミラーニューロンとAIをやさしく

他人のあくびがうつるのはなぜ?——ミラーニューロンとAIをやさしく

隣の人があくびをすると、つられて自分もあくびが出る。誰かが指をドアに挟むのを見ると、思わず「痛っ」と自分の顔がゆがむ。 自分は何もしていないのに、他人の体験がまるで自分のことのように伝わってくる。この不思議な現象の裏には、ある神経の働きがあると考えられています。 脳科学とやさしいAIシリーズの最終回は、共感の土台ともいわれる「ミラーニューロン」から、AIと共感を考えます。(第1回・メタ認知、第2回・アロスタシスもどうぞ。) ミラーニューロンとは「他者を映す鏡」 ミラーニューロンは、1992年にイタリア・パルマ大学のリゾラッティらの研究チームが、サルの脳(運動前野のF5という領域)で見つけた神経細胞です。 発見はほとんど偶然でした。サルが自分で物をつかむときに活動する神経を調べていたところ、そのサルが「研究者が物をつかむのを見ている」だけのときにも、同じ神経が活動したのです。 つまりこの神経は、自分がその行為をするとき 他者が同じ行為をするのを見るときの両方で活動する。他者の行為を、鏡のように自分の脳の中で映し出す。だから「ミラー(鏡)ニューロン」と名づけられました。その後、人間の脳にも似た仕組みがあると考えられるようになり、「他者の意図の理解」「模倣による学習」「共感」といった、人が人とつながるための力の土台として、大きな注目を集めてきました。 「頭で理解する」と「体で感じる」の違い ミラーニューロンが教えてくれる大切なことは、共感には二つの層があるということです。 ひとつは、頭で「この人は今つらいのだろう」と推し量る理解。もうひとつは、相手の痛みを見て自分の体まで反応してしまう、体でともに感じる共感です。 ミラーニューロンが関わるとされるのは、後者に近い、身体をともなう共感です。相手の行為や表情を、自分の身体の回路を通してなぞることで、言葉になる前の「わかる」が生まれる。そんなイメージです。 私たちが誰かに寄り添えるのは、この「頭の理解」と「体の共鳴」の両方があるからだと考えられます。(なお、ミラーニューロンは長く身体的な共感に関わるとされてきましたが、近年の実証研究ではむしろ認知的共感(相手の視点の理解)との関連が示唆され、情動的・運動的な共感との結びつきはさらに弱いとされるなど、その役割にはなお議論が続いています。ここでは「共感を考えるための手がかり」として紹介しています。) AIに「共感」はありうるのか ではAIはどうでしょう。ここで、さきほどの二つの層が効いてきます。 「頭の共感」はかなりできる AIは、相手の言葉や状況から「この人は今つらそうだ」と推し量り、それに合った言葉を返すことが、すでにかなり上手にできます。これは認知的共感、つまり頭で理解して応答するタイプの共感に近いものです。 やさしいAI研究所が取り組んでいる感情への配慮や、文脈に合った言葉選びも、多くはこの層で実現されていきます。相手の状況を読み、適切なタイミングで、適切なかたちで応える。ここはAIの得意分野になりつつあります。 「体の共感」は持っていない 一方で、AIには身体がありません。相手の痛みを見て、自分の体がヒヤッとする。そういう身体をともなう共鳴は、今のAIは持っていないと考えるのが自然です。ミラーニューロンが映し出すような「自分のこととして感じる」層は、まだAIの外にあります。 ここで大事なのは、「感じているふり」と「本当に感じること」を混同しないという誠実さです。AIが共感的な言葉を返せることと、AIが痛みをともに感じていることは、別の話です。 だからこそ、やさしいAIが目指すのは「感情があるふりをするAI」ではありません。身体的な共感は持たないと正直に認めたうえで、それでも相手を大切に扱う応答を、丁寧に設計していくこと。そこに、人とAIの誠実な関係の芽があると私たちは考えています。 まとめミラーニューロンは、自分が行為するときも他者の行為を見るときも活動する「他者を映す鏡」 共感には「頭で理解する層」と「体でともに感じる層」があり、後者にこの神経が関わるとされる AIは**頭の共感(認知的共感)**はかなりできるが、身体をともなう共感は持っていない 「感じるふり」と「本当に感じる」を混同せず、正直さの上に配慮を重ねることが、やさしいAIの姿勢他者を自分のことのように映す。この人間らしい力を手がかりに、AIにできること・できないことを見極めていく。それが、やさしいAIをつくる出発点になります。 シリーズを終えて 3回にわたって、メタ認知(自分を見張る力)、ホメオスタシスとアロスタシス(揺らぎながら安定する力)、ミラーニューロン(他者を映す力)という脳科学の視点から、AIを眺めてきました。 共通していたのは、「できる」ことと「わかる・感じる」ことは違う、そしてその違いに正直であることがやさしさにつながる、という一点です。脳のしくみは、AIが人に寄り添うためのヒントを、まだまだたくさん秘めています。次に読むのがおすすめの記事AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく 揺らぎながら安定する——アロスタシス、ホメオスタシスとAIをやさしく 「やさしいAI」とは何か——便利さを超えた、人に寄り添うAIを考えるやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAIシリーズ(全3回)第3回・完 脳科学とやさしいAIシリーズはこれで完結です。続きの議論を一緒に深めたい方は、毎週土曜日開催のオープンラボへぜひお越しください。やさしいAI研究所の研究活動や最新の取り組みについてはコーポレートサイトからご覧いただけます。

揺らぎながら安定する——アロスタシス、ホメオスタシスとAIをやさしく

揺らぎながら安定する——アロスタシス、ホメオスタシスとAIをやさしく

寒い日に外へ出ると、体は自然にふるえて熱を作ります。熱いお風呂に入れば、汗をかいて体温を下げようとします。 私たちの体は、外の世界がどれだけ変わっても、内側をおよそ一定に保とうとしています。この見事な仕組みが、今日の出発点です。 脳科学とやさしいAIシリーズの第2回は、生き物の「安定を保つ力」を取り上げます。ホメオスタシスと、その一歩先を行くアロスタシスから、AIを考えてみます。(第1回のメタ認知とAIもあわせてどうぞ。) ホメオスタシスは「一定に保つ」ための後追い調整 ホメオスタシス(homeostasis)は、日本語で「恒常性」と訳されます。体温、血糖値、血液の酸性度……こうした体内の状態を、ある決まった値のまわりに保つ働きのことです。 イメージしやすいのは、部屋のエアコンです。「25度」と設定しておくと、暑くなれば冷やし、寒くなれば温める。基準からズレたら、元に戻す。この後追いの調整が、ホメオスタシスの基本です。体温が上がれば汗をかき、下がればふるえる。血糖値が上がればインスリンが出る。どれも「ズレを検知して、打ち消す」というフィードバックの仕組みで動いています。 生き物が生きていられるのは、この「一定に保つ力」があるからこそ。とても頼もしい仕組みです。 アロスタシスは「先回りして」作り変える力 ところが、生き物の調整は後追いだけではありません。もう一段賢い仕組みがあります。それがアロスタシス(allostasis)です。 アロスタシスという概念は、1988年にスターリングとエイヤーという研究者が提唱しました。ホメオスタシスが「一定に保つ(stability)」なら、アロスタシスは**「変化を通じて安定を保つ(stability through change)」**と表現されます。 分かりやすいのは、朝起きる少し前のことです。 私たちの体は、目が覚める前から血圧やホルモンを上げ始めます。「もうすぐ起きて動き出す」ことを見越して、先回りで準備しているわけです。ズレてから直すのではなく、これから来る変化を予測して、あらかじめ自分を作り変える。これがアロスタシスの発想です。近年は、この考え方がさらに広がっています。脳は「これから体に何が必要か」を予測して、心拍や呼吸、ホルモンを前もって調整している。アロスタシスを予測にもとづく制御として捉え直す見方が注目されています。エアコンでたとえるなら、「天気予報を見て、暑くなる前から冷やし始める」ような賢さです。 この2つの原理が、AIに教えてくれること ここでAIの話に戻ります。ホメオスタシスとアロスタシスは、AIの設計を考えるうえでも示唆に富んでいます。 「後追い」だけのAIと、「先回り」できるAI 多くのシステムは、ホメオスタシス型です。問題が起きてから対処する。エラーが出てから直す。ユーザーが困ってから応答する。これはこれで大事な安定装置です。 一方、やさしいAI研究所が関心を寄せているのは、アロスタシス型の発想です。相手がこれからどんな状況に向かうかを予測し、困る前にそっと備える。深刻な相談をしている人には、答えを返す前に言葉を選ぶ。次に何が必要になりそうかを見越して、先回りで配慮する。 「起きたことに反応する」だけでなく「これから起きることに備える」。この違いは、AIが人に寄り添えるかどうかを大きく左右します。 「作り変えすぎる」ことのコスト ただし、アロスタシスには注意点もあります。先回りの調整をずっと続けていると、生き物の体には負担がたまっていきます。これは「アロスタティック負荷」と呼ばれ、慢性的なストレスが心身をすり減らす一因とも考えられています。 AIに引きつけると、これは示唆的です。先回りの配慮も、やりすぎれば負担や過干渉になりうる。相手を予測して動くことと、相手の自律を尊重することのバランス。ここにこそ「やさしさ」の設計の難しさがあります。 まとめホメオスタシスは「ズレたら戻す」後追いの調整。生命を支える基本の安定装置 アロスタシスは「変化を予測して先回りで作り変える」力。“変化を通じた安定” AIも、反応するだけでなく先回りで備えることで、より人に寄り添える ただし先回りのしすぎは負担・過干渉になる。予測と自律尊重のバランスが鍵揺らぎながら、それでも安定を保つ。生き物のこのしなやかさは、やさしいAIが学ぶべき手本のひとつです。 次回はいよいよ最終回。他者の行為を「自分のことのように」感じる神経、ミラーニューロンから、AIと共感を考えます。次に読むのがおすすめの記事ミラーニューロンとAI——「わかる」と「共感」の神経をやさしく AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく 答えるAIから、理解するAIへ——AIは人を理解できるのかやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAIシリーズ(全3回)第2回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。

AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく

AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく

テストを解いていて、「この問題は自信がある」「これはあやしいな」と感じたことはありませんか。 その「自信があるかどうか」を感じ取っている自分。実は、これがとても高度な心の働きです。答えそのものを考える自分と、その考えをもう一段上から眺める自分。この二階建ての構造こそが、今日のテーマ「メタ認知」です。 きょうから3回にわたって、脳科学の考え方を手がかりに、AIをやさしく捉え直すシリーズをお届けします。第1回は、学びと自己修正の土台になる「メタ認知」から始めます。 メタ認知とは「考えを見張るもう一人の自分」 メタ認知(metacognition)という言葉は、1970年代に心理学者のジョン・フラベルが広めた考え方です。「メタ(meta)」は「〜を超えた」「〜についての」という意味。つまりメタ認知とは認知についての認知、平たく言えば「考えることについて、考えること」です。たとえば、こんな場面を思い浮かべてください。本を読んでいて「あれ、今の段落、頭に入ってなかった」と気づいて読み返す 道を説明しながら「この言い方だと伝わりにくいな」と言い直す 勉強しながら「ここはもう覚えた。次に進もう」と判断するどれも、自分の理解の状態を自分でモニターして、やり方を調整しているわけです。これがメタ認知の正体です。 メタ認知は、大きく2つの働きから成ると言われます。モニタリング:今の自分がどれくらい分かっているかを見張る コントロール:その結果に応じて、やり方を変える(もっと調べる、別の方法を試す、など)「わかっているか」を見張り、「わかっていない」なら動き方を変える。この往復が、人間の学びをぐんと効率的にしています。 なぜメタ認知が「やさしさ」に関わるのか メタ認知がとくに大切になるのは、自分の限界に気づく場面です。 「自分はこれを知らない」「この判断は間違っているかもしれない」。こう思えるからこそ、人は立ち止まり、確認し、他人に助けを求めます。逆にメタ認知が弱いと、間違った答えを自信満々に言い切ってしまう。 AIについて考えるとき、これはそのまま重要な論点になります。 やさしいAI研究所が大切にしているのは、「できることをすべてやる」AIではなく、**「わからないときに、わからないと言えるAI」**です。堂々と間違えるAIより、控えめに「自信がありません」と添えてくれるAIのほうが、人にとってずっと安全で、寄り添う存在になれます。 メタ認知は、その「控えめさ」を支える心の仕組みなのです。 AIはメタ認知を持てるのか では、AIはどこまでメタ認知に近づけるのでしょうか。ここは慎重に切り分けて考える必要があります。 「確信度」を出すことはできる 多くのAIは、答えと一緒に「どれくらい確からしいか」という数値を内部で持っています。天気予報が「降水確率70%」と言うのと似ています。この確信度をうまく調整すれば、「自信がある/ない」を表明させることはある程度できます。 近年は、AIが自分の出力を読み返して、おかしな点がないか点検する仕組みも研究されています。一度書いた答えを、別の視点からもう一度チェックする。人間が読み返して直すのに似た動きです。 でも「本当に分かっている」とは限らない ただし、ここには落とし穴があります。AIが出す「自信あり」という数値は、必ずしも正しさと一致しません。堂々と間違える、いわゆる「もっともらしい嘘(ハルシネーション)」が起きるのは、まさにこの食い違いが原因です。人間のメタ認知も完璧ではありませんが、AIの場合はこの「自信と実力のズレ」がまだ大きい。だからこそ、AIの確信度をそのまま鵜呑みにしないという姿勢が、使う側にも求められます。 つまり現状は、「メタ認知のまねごとはできるが、人間のような確かな自己モニタリングにはまだ届いていない」というのが正直なところです。 まとめメタ認知とは「考えることについて考える」力で、モニタリング(見張る)とコントロール(調整する)から成る 「わからないと気づける」ことは、人が立ち止まり、確認し、助けを求める土台になる AIも確信度の表明や自己点検はできるが、自信と実力のズレがまだ大きい だからこそ「わからないと言えるAI」を目指すことが、やさしいAIの一歩になる自分の考えを一段上から見つめる。この静かな力が、学びと誠実さの根っこにあります。AIがこの力にどう近づいていくかは、これからのやさしいAI研究の大きなテーマです。 次回は、生き物が「揺らぎながら安定を保つ」仕組みであるホメオスタシスとアロスタシスから、AIを考えてみます。次に読むのがおすすめの記事アロスタシス、ホメオスタシスとAI——「揺らぎながら安定する」をやさしく AIは間違いに気づけるのか——失敗・謝罪・自己修正の仕組みをやさしく解説 AIに「自己認識」は可能か?——人工意識研究の最前線やさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAIシリーズ(全3回)第1回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。