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二重過程理論

バットとボールの問題、即答できますか?|直感と熟考、AIの「考えるモード」をやさしく

バットとボールの問題、即答できますか?|直感と熟考、AIの「考えるモード」をやさしく

バットとボールは、合わせて1,100円。バットはボールより1,000円高い。では、ボールはいくらですか。 「100円」と答えたくなりませんでしたか。実はそれだと、バットが1,100円になって合計1,200円。正解はボール50円、バット1,050円です。落ち着いて考えれば分かるのに、頭の中に「100円」が先に浮かんでしまう。 脳科学とやさしいAI第3弾シリーズの第2回は、この「先に浮かぶ答え」の正体です。脳の2つの思考モードから、AIに最近そなわった「考えるモード」を眺めます。 脳には「速い思考」と「遅い思考」がある 冒頭の問題は、アメリカの行動経済学者シェーン・フレデリックが2005年に発表した「認知反射テスト」の1問目です。名門大学の学生でも大勢が「100円」型の誤答をしたことで知られています。 そしてこの現象を一般に広めたのが、2002年にノーベル経済学賞を受けた心理学者ダニエル・カーネマンです。著書『ファスト&スロー』(2011年)で、彼は人の思考を2つのモードに分けて説明しました。 システム1は、速い思考。 努力なしに自動で動きます。「2+2は?」に答えが浮かぶ、相手の声色から機嫌を察する、母語の文を理解する。止めようと思っても止められません。 システム2は、遅い思考。 注意と努力を要します。「17×24は?」を筆算する、確定申告の書類を確かめる、はじめての道を地図を見ながら歩く。使うと確実に疲れます。 バットとボールの問題では、システム1が「1,100と1,000だから、差の100だな」という、それらしい答えを瞬時に差し出します。システム2はそれを検算する係なのですが、この係がなかなかの面倒くさがりで、もっともらしい答えが来ると素通ししてしまう。あの誤答は、脳の分業体制がそのまま表に出た結果なのです。直感はサボりではない。ただし、系統的に間違う こう書くと、システム1が悪者に見えてしまいますが、それは違います。 直感は、過去の経験を圧縮した知恵です。ベテランの看護師が数値に表れる前に患者の異変を察知する。将棋の棋士が盤面を見た瞬間に有力な手を絞り込む。何万回という経験と答え合わせを重ねた分野では、直感は熟考より速く、しばしば正確です。そもそも、すべてをシステム2で処理していたら、朝の支度だけで日が暮れます。 問題は、直感の間違い方に偏りとクセがあることです。目立つものを過大評価する、最初に見た数字に引きずられる、自分に都合のよい情報だけ集める。こうした偏りは誰の脳にも同じ方向に働くので、本人は気づけません。 だから大事なのは、直感を捨てることではなく、ここぞという場面でシステム2を起動する習慣のほうです。人を評価するとき、大きな買い物をするとき、誰かを傷つけるかもしれない一言を送る前。ひと呼吸おいて検算する。この切り替えこそ、前回の錯視の話で書いた「自分の見え方を一歩引いて眺める」ことの、思考版だと言えます。 AIにも「即答」と「じっくり」ができた さて、AIです。実は少し前まで、AIの答え方はシステム1に似ていました。どんな難問にも、学習したパターンから一瞬で「一番ありそうな答え」を返す。速いけれど、検算はしない。バットとボール問題のような、ひっかけに弱い時期が実際にありました。 「考える時間」を与えると賢くなる その様子を変えたのが、2024年ごろから各社が投入した「推論モデル」です。OpenAIのo1、Anthropic(Claude)の拡張思考のように、答えを出す前に途中の考え(思考の過程)を長く書き出させる仕組みが主流になりました。人間が計算用紙を使うのに似ていて、考える時間を長く与えるほど、数学や論理の難問の正答率が上がることが確かめられています。 即答するモードと、じっくり考えるモード。AIが2つのモードを使い分ける姿は、システム1とシステム2の分業に驚くほど似てきました。それでも残る違い ただ、似てきたからこそ、違いも見えてきます。人のシステム2起動は「あれ、何かおかしいぞ」という違和感、つまり自分の直感への疑いから始まります。いまのAIは、じっくり考えるかどうかを主に設定や質問の難しさで決めていて、「自分の答えが怪しい」という感覚から自発的に検算を始めるわけではありません。長く考えたのに自信満々に間違える、ということも起きます。 考える時間の長さは、考えの確かさを保証しない。これは人間にも耳の痛い話で、AIとの付き合いでも同じです。「じっくり考えたAIの答えだから正しい」ではなく、大事な判断ほど人の側のシステム2で受け止める。その役割分担が、当面の現実的な付き合い方だと考えています。 まとめ脳には自動で速いシステム1と、努力を要する遅いシステム2があり、即答の誤りは検算係の素通りから生まれる(バットとボール問題) 直感は経験を圧縮した知恵で、多くの場面で有能。ただし間違い方に系統的な偏りがあり、本人は気づけない AIも推論モデルの登場で「即答」と「じっくり」を使い分けるようになったが、自分の答えを疑う感覚からの検算はまだ人の側の仕事次回は最終回。生まれたばかりの子どもが、わずかな言葉からことばを身につけていく話です。桁違いのデータで学ぶAIと何が違うのか、「学び」の根っこを見にいきます。次に読むのがおすすめの記事同じ長さの線が違って見えるのはなぜ?|予測する脳とAIのハルシネーションをやさしく AIは自分の「わからなさ」に気づけるか——メタ認知とAIをやさしく ひと晩寝たら解けた問題|睡眠と記憶、AIの学習と忘却をやさしくやさしいAI研究所ブログ|脳科学とやさしいAI 第3弾シリーズ(全3回)第2回 「やさしいAI」の研究や活動に関心をお持ちの方は、毎週土曜日のオープンラボへお気軽にどうぞ。やさしいAI研究所の全体像はコーポレートサイトからご覧いただけます。