世界像——人は世界そのものを見ていない

世界像——人は世界そのものを見ていない

はじめに

世界像とは一言でいえば世界の見え方のことです。最近ではWorld Models (David Ha 2018)という言葉で語られることもあります。

自転車を漕いでいる男性の頭の中では、自転車を漕いている自分という抽象的な像が浮かんでいる。
出典:Scott McCloud『Understanding Comics』(1993)。D. Ha, J. Schmidhuber 著論文『World Models』(2018) より引用

世界像とは

世界像は、World Modelsや深層学習が発展するよりもずっと前から提唱されてきた考え方です。世界像に関する記述(中野、1990)を次のように引用したいと思います。

世界像とは、外界の物事や事象を観測して受容器(目や耳などの感覚器)が受け入れた情報からさまざまな概念を形成し、それを記憶として積み上げて、脳内に構築する外界のモデル。

例えばりんごは何かと問われるとします。私たちはりんごを赤い果物で、食べるとシャキシャキとした音がして、甘いものだと知っていますよね。このことは、りんごに対する世界像を脳内で構築していることを端的に表していると思います。


人は世界そのものを見ていない

世界そのものを見ていないとはどういうことでしょうか。私たちが見聞きしたものが世界そのものだと思うのは自然なことです。しかし、私たちが見ている「世界」とは、世界そのものではなく、あくまで世界像なのです。

錯視というものをご存知でしょうか。騙し絵とも言います。錯視では、実際には絵は動いていないのに動いて見えることや、直線が曲がって見えることがあります。立命館大学の北岡先生という方が様々な錯視をご紹介なさっています(https://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/ )。

錯視は視覚に限った話ですが、先ほどのりんごの例えでは視覚に加え、聴覚や味覚なども関わってきますよね。これらの感覚は別々の感覚器で捉えられるため、その段階ではりんごという一つの統一された概念を理解しているとは言えません。それらの情報を統合しているのは脳の働きなのです。脳がばらばらの感覚情報を統合しているのですね。そのため脳は間違えることがあり、その結果が錯視のような現象として現れます。


他者像と「やさしいAI」

ここまで世界像とは、りんごのような物体を想定してきましたが、当然人のことも同様に理解していると考えられます。人の場合は、あの人はこのような性格だからこのようなことを言ったらそう反応するだろう、といった予測を立てるモデルを構築するはずです。このような他者に関する世界像を他者像と呼ぶことにします。

他者を理解すれば、他者の置かれている状況から他者がどのような感情や考えでいるのかを想像することができるようになります。その他者の感情に寄り添い、他者のために行動することができれば、共感を示すことができるでしょう。

やさしいAI研究所が目指す「やさしいAI」とは、他者を理解し、他者に共感を示すようなAIのことです。そのために他者像を始めとした世界像を構築する技術が必要だと考えます。他者を一から理解するのであれば他者像は必要ないでしょう。しかし人に関する一般的な理解や似た性格の人からの類推を通して他者を理解する上で、他者像は有用なはずです。


まとめ

  • 世界像とは世界の見え方のことです。
  • 世界像は世界そのものとは異なり、脳によって再構成された世界に対する解釈です。
  • 他者がどのような人であるかということについても私たちが解釈を貼り付けているに過ぎません。
  • 他者に共感を示すためには、他者像を構築し他者への理解を深めることが重要です。

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参考文献・出典

  • Ha and Schmidhuber, “Recurrent World Models Facilitate Policy Evolution”, 2018.
  • 中野馨『ニューロコンピュータの基礎』コロナ社、1990
  • 北岡明佳の錯視のページ